「それより、デプロイはどうした?」
キャッシュと一緒にいたはずのもう一人の連れの名前を出すと、顔を広場の横手に向けた。
「あそこで馬車の見張りをしてますよ」
馬車の横に渋い緑の頭を見つけ、無事であることに内心ほっとする。
向こうは随分前から気付いていたらしく、青年が顔を向けると微笑みと共に会釈された。
「それで、魔女殿は…?」
恐る恐る尋ねるキャッシュに、無言で首を横に振る。
「お亡くなりになられたそうだ」
ロプロが短く補足した。
「そう…ですか」
沈鬱な空気が漂う。一つ息を吐いて、キャッシュが顔を上げた。
「こちらもあまり状況は良くないようです。詳しい話は後ほどいたしますが、王弟殿下がとうとう皇王を僭称したそうです」
「叔父上が?そうか、とうとうそこまで……」
もはや皇国には王弟を止められる者がいなくなったのだ。
本来、皇王を名乗るためには議会と教会の承認が必要なのだが、おそらく承認を得てはいまい。
議会を武力で制圧した経緯から考えて、継承の儀式すら飛ばしている可能性が高い。
それでも噂として流れてくるのだから、皇国民に発布をしたのだと考えられた。
「さらに重税を課したこともあって各地の反発は大きいようですが、軍部が乗っ取られているので声高に主張することは出来ないとか」
王弟の性格から考えて、逆らうものに容赦なく軍を差し向けることは想像に難くない。
下手をすれば村ごと、町ごと蹂躙しつくすだろう。
自分の想像に嫌気が差して、大きく息を吐いた。
「こんな時に何も出来ないというのはつらいな」
出来ることなら今すぐ国に戻って、叔父を討ちたい。けれどそれをするには何もかも不足していることも嫌というほど理解していた。
自分は無力だ。しかしそんな無力な自分についてきてくれる者がいる。彼らのためにも、今は雌伏のときだった。
気持ちを切り替え、青年は乳兄弟を改めて見やる。
「それにしてもキャッシュ、似合わないな」
言われてキャッシュは頬を赤らめた。
いつもは統一された団服を着ているのだが、今着ている服が驚くほど似合っていなかった。
服に問題があるわけではない。服装自体は一見すると地方領主の下働き、というところだ。
けれど着ている人物の立ち居振る舞いがただの下働きには見えないのである。もう少し似合う服はなかったのだろうか。
「自分でも気にしてるんですから放っておいてください」
「どうせならいっそ傭兵風の方が似合うかもな」
精悍な顔立ちで体格も良いから、その方が似合うだろう。
「下手に武器を持っていると目立つ時があるんです。そんなことより」
キャッシュが強引に話を引き戻した。
「どちらにお泊りですか?」
「あぁ、この道を少し行った先の宿だが…お前達が泊まるスペースがあるかな」
何せ小さな村だ。自分達以外に行商人が泊まればいっぱいになってしまう気がする。
どうしたものかと考えていると、女性が二人、こちらに連れ立ってやってきた。
一人は針の森の魔女の娘であり、もう一人は金茶の髪をポニーテールにした女性である。
紅毛の女性は両手に先ほどとは違う荷物を持っていた。モチーフの材料のレースと、本のようだ。
右手にいた金茶の髪の女性が控えめに微笑む。
「ご無沙汰しておりました、スレッド様、ロプロ様」
「ああ、レイも無事のようだな」
レイと呼ばれた女性ははい、と頷いた。
腰に矢筒を下げ、右手には短弓を携えている。服の質としてはキャッシュと同様に普段着ているものに劣るが、キャッシュよりは違和感がなかった。狩猟を生活の糧にしている村娘、といった風に見える。
レイは伏し目がちにそれで、と切り出す。
「こちらの方からお聞きしましたが、目的は果たせなかったそうですね。これからどうなさるのです?」
「そうだな、後で俺達の泊まっている部屋まで来てくれ。そこでこれからのことを話そう」
「あそこって、そんなに広かったかしら」
口を挟んだのは紅毛の魔女だ。
確かに、あの宿の部屋は5人もの人間が入るようには作られていない。入れないことはないが、とても窮屈な思いをするのは明らかだった。
「だが、他に使用できる場所もないしな」
仕方ない、と肩をすくめるとためらいがちに紅毛の女性が提案してきた。
「村の外れに今は使っていない家があるからそこを使うといいわ、私の管理してる家だから。もちろん、私を信用するなら、だけど」
女性の言葉にロプロがすっと目を細めるのが分かった。彼女が何をどこまで知っていて、味方なのか敵なのかを見定めようとしている。
キャッシュとレイも困惑した風に女性を見やった。
青年の個人的な感触だと、彼女は自分達が話していないことまで知っているような気がする。
ただしそれがどこまでか、はまだ判断できなかった。
一同の警戒に気づいていないはずはないのに、女性は嫣然として歌うように続ける。
「後で家の鍵を渡しに宿まで行くわ。また後でね」
くるりと身を翻して軽い足取りで去っていくのを見送ってから、青年は苦笑した。
「さて、どうする?」
「あの方に協力を頼んではならないのですか?」
レイが首をかしげる。確かに現在の状況では、一人でも多くの味方が欲しいところだ。
理解してはいるが、危険があるだけに巻き込むことに躊躇してしまう。それに、彼女が本当に味方であるという保証もない。
味方であって欲しい、というのはこちらの勝手な期待だ。彼女には彼女の生活があり、信条がある。
「俺も、協力を仰いだ方が良いと思います」
賛成したのはキャッシュだ。彼がそう言うだろうというのは予測済みである。伊達に長いこと乳兄弟として育ってない。
それよりも、と後方を見上げた。相手の方が身長が高いのでどうしてもそういう姿勢になる。視線の先には相変わらずの鉄面皮が姿勢良く立っていた。
「ロプロ、お前はどう思う?協力を頼むか?」
無言を貫いていた男に水を向ける。
「今の段階では、それが最良かと思われます」
てっきり否定するかと思いきや、あっさりと肯定されて拍子抜けした。
「村人の様子を見る限り、誰かがあの女性に成り代わっていたり、特別わが国に反感を持っていたりするわけでもないようですから」
意外そうな表情が出ていたらしく、低い声が理由を告げる。
「なるほどな」
満場一致であった。この場にいないデプロイも、特に異論を唱えることはないだろう。
「分かった、彼女が協力を申し出てくれる分については、ありがたく協力してもらおう」
一息吐いて、青年はそう締めた。
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