プロローグ 3

3日後の昼過ぎ、森から出てきた女性に驚かれた。
今日は紅色の髪を後ろで緩くみつあみにしており、両手に一抱えほどの荷物を持っている。かさばってはいるが、それほど重そうでもない。
「あら、あなたまだいたの?」
無遠慮な言葉に顔をしかめたのは横にいたロプロだ。
青年自身は苦笑することでその言葉を肯定した。
「そういう君は何故村に?」
「たまには村にも来るわよ。今日は行商が来る予定だから来たの」
小さい村だからか、行商が来る際には村人が集まってくるらしい。
その時、後ろに控えていたロプロが声をかけてきた。
「スレッド様、こちらが?」
「あぁ、針の森の魔女殿のご息女だ。ご本人も魔女と呼ばれているらしいがな」
後半は女性に向けての言葉だ。女性は肩をすくめる。
「そう呼ぶ人もいるわね、たまに」
「魔女殿、ひとつ伺っても?」
「その呼びかけはやめてほしいわね。ウィニアでいいわ。何?」
生真面目なロプロの呼びかけに、女性が苦笑して先を促した。
「こちらに占いを頼みにくる貴族というのは多いのだろうか」
急な質問に女性が目をしばたかせる。
「そうねえ、多い時は月に4,5人、少ない時は3,4ヶ月に1人くらいかしら。母が亡くなってからはあなた達が初めてよ」
少し首を傾げながら答えた。大分ムラがあるようだ。
しかしそれだけの人が今まで彼女やその母に占いを頼みにきていたのだと思い直す。
最も近い都市から馬車で一週間、帝都からなら1ヶ月近くかかるであろう距離を越えてでも頼みたい程の腕前なのだろう。
「そういえば水晶占いは高いんだって?俺は何も払っていないけれど、大丈夫なのか?」
ふと料理屋の娘の言を思い出して尋ねた。客にムラがあるなら、少しでも金を払った方が良いのではないか。
しかし青年の疑問には微笑がかえってきた。
「あぁ、良いのよ。せっかく母を訪ねてきてくれたのだし、あれは単なるおせっかいだから」
「だが……」
なおも言い募ろうとする青年を遮って、女性はさらに笑みを深める。
「それに私は占いで生計を立ててる訳じゃないから気にすることはないわ」
「そうなのか?では何で?」
てっきりその占いが収入源だと思っていた青年は驚く。
女性は「これよ」と手に持っていた荷物の口をあけて見せた。なにやら白い布が見える。
よく見ると中に入っていたのはレース編みのモチーフだった。
「行商に頼んで売ってもらっているの」
細かいレース編みは都市部で人気がある。貴婦人のみならず広く受け入れられており、場合によってはかなり値が張るものもあるという。
軽く見ただけでもかなりの腕前のようなので、確かにこれで生計が成り立つだろうと思わせた。
「なるほど」
「見事なものですね」
素直に感嘆したらしいロプロの言葉に、女性はまんざらでもなさそうに「ありがとう」と礼を言う。
華やかな笑顔だった。よく見ると、とても整った顔立ちであることが分かる。澄んだ緑の瞳も鮮やかな紅色の髪もイカーン帝国の上流階級ではそう珍しくない色だが、このような辺境の村ではなかなか見ることはない。もしかすると、彼女の親はこの辺りの出身ではないのかもしれない。
そんな観察をされているとも知らず、女性が提案した。
「そろそろ行商が着く頃ね。あなた達も一緒に来る?」
「そうさせてもらおうかな」
誘いに乗って、村の広場まで移動する。
小さな村の広場には、多くの村人が集まっていた。女性が中心だが、中には男性もいる。
どの顔も皆楽しそうだ。それだけ行商は楽しみにされているらしい。
大体3ヶ月に一度くらいの割合で行商が来るそうで、帝都とこの村までを往復し、道々で商品を売り歩いているという話だった。
広場の中心部では壮年の男が自分の四方に布を広げ、その上に様々な商品を陳列している。
ざっと見たところ生活用品が主だが、若い女性の好みそうな装身具や色鮮やかな布地などもあった。
その横に立っているのは二人の男女だ。
見慣れた人間の見慣れない姿に思わず微笑むと、相手がこちらに気付く。
壮年の男に声をかけ、青年の方が商品を軽く飛び越えてこちらにやってくる。連れの女性の方は軽く一礼してそのままその場に残った。
「スレッド様!ロプロ様!お会いできて良かったです」
どことなく大型犬を思い起こさせるのは、明るい茶色の髪に大きな瞳のせいか、顔全体で喜びを表現しているせいか、はたまたその両方か。
少なくとも彼が犬なら、大喜びで尻尾を振っているだろう。
「お前も無事で何よりだよ、キャッシュ」
キャッシュと呼ばれた青年は安堵したように息を吐く。
そこでようやく青年とロプロの横に立つ女性に気付いたようだった。
「ええっと、こちらのお嬢さんは?」
「針の森の魔女殿だよ」
「ええ!なんか想像したよりお若いっすね」
青年の言葉に驚くキャッシュ。女性は苦笑して訂正した。
「あなたが想像してるのは母のことよ。私はあなた達が言うところの「針の森の魔女」の娘でウィニア」
「あ、オレはキャッシュ。スレッド様の乳兄弟で…」
「キャッシュ」
ロプロの低い声がそれ以上余計なことを言うなと遮る。
女性がくすりと笑った。
「込み入った話もあるでしょうから、私は向こうに行ってるわね」
色々と察して離れていく女性の背を見つつ、キャッシュが顔を歪める。
自分の失態に気付いたらしい。
「もしかして、何も話してないんですか」
「あてにしていた魔女殿ならともかく、その娘までは巻き込めないさ」
さらりと言う青年に「申し訳ありません」と頭を下げる。
「別にいいさ。乳兄弟というのは知られても困らないしな」
彼女には乳母を雇えるだけの余裕がある貴族なのだと解釈されただろう。
実際、それはそう間違ってもいない。

 

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