プロローグ 5

 「改めてお互い、自己紹介しようか」
紅毛の女性に空き家の鍵を開けてもらい、めいめいが腰を落ち着けたところでそう言ったのは青年だった。
先程離れた場所にいたデプロイが合流し、この場にいたということもあるし、改めて女性には自分のことを説明しておかねばならないと思ったのである。
「俺の名はタスク・スレッド・ダイアログ。ダイアログ皇国の第1王子だ」
自分が王子であるということを打ち明けなければ、これからのことは話せない。それは他の者とも共通した見解だった。
普通に考えれば信じてもらえないだろう。けれど目の前の女性は青年が確信していた通り、驚きもせずに頷いた。
「あぁ、やっぱり」
あっさりとした反応に、ロプロが胡乱げな視線で魔女を見る。彼の反応を見て、くすりと笑いながら楽しげに女性が付け足した。
「一度占いをしたでしょう?それに、その目があったし」
「目?」
口を挟んだのはキャッシュだ。
「ダイアログ皇国の王族は代々淡い青の目をしていると聞いていたから。時期的にも合っているしね」
女性の言う通り、ダイアログ皇国の王族は淡青色の瞳を持つ者が多い。中でも直系男子のそれは「至高の青ライトブルー」と呼ばれる。
青年も、その父である現在の皇王も、さらには現在クーデターを起こしている王弟もその瞳の持ち主だった。
「流石だな、そんなことまで知っているのか」
素直に感心した。ダイアログ皇国では知っている者も多いが、他国のこんな辺鄙な土地にいてその話を知る者はそう多くないだろう。
もっとも彼女の母は現皇王と共に旅をしたことがあるそうだから、知っていてもおかしくはなかった。
「さて、今ここに来ているのは俺…というよりは父の部下だ。そっちの背の高い仏頂面がロプロ・シージャ。ロプロは近衛兵団の副団長を勤めている」
紹介のされ方に少し顔をしかめつつ、ロプロが女性に向かって頭を下げる。
女性は数瞬思案した後、
「カタプロ・シージャという方は貴方の身内の方かしら?」
と尋ねた。意外な名前にロプロならずとも驚きを隠せない。
「祖父ですが…よくご存知ですね」
カタプロ・シージャは長年ダイアログ皇国に貢献してきた人物である。現在は引退しているものの、国内では未だにその名を語り継がれていた。
彼の名を一躍有名にしたのは20年に起きたコンソール王国の変異だ。王位継承者だった現在の皇王とともに、一方ならず協力したのだという。
関係者はその詳細をもらすことはないが、コンソール王国に変異があり、それを現在のコンソール王国国王が解決したという事実だけは広く知られている。
「昔、母を訪ねてこられたのよ。とてもかわいがってもらったわ。お元気にしてらっしゃる?」
「ええ、病気もせずぴんぴんしていますよ」
「良かったわ。またお会いしたいと思ってたの」
尊敬する祖父の話題に、いつも厳しい表情を崩さないロプロもふっと微笑う。
青年以下3名は珍しいものを見た、と内心驚いた。
気を取り直して他の紹介に移る。
「ロプロの隣にいるのが、俺の乳兄弟のキャッシュだ。紅一点がレイテンシーで、隣がデプロイ。3人とも王立兵団に所属している」
紹介されたそれぞれが目礼する。
「キャッシュが俺の乳兄弟という話は昼にしたな。レイテンシーはそのキャッシュの幼なじみでいつも面倒を見ている」
「スレッド様、その紹介はあんまりです……」
「あながち間違ってもいないと思うわ」
項垂れるキャッシュに、レイテンシーは容赦なく追い打ちをかけた。デプロイは微笑み、ロプロは困った奴らだ、とでもいうように目を閉じる。
女性は黙って彼らのやりとりを面白そうに眺めていた。
「デプロイとは初対面かな。まだ若いが、槍使いとしてはなかなかの腕前だ」
「ご挨拶が遅れましたが、初めまして。どうぞよろしくお願いします」
先程居なかったデプロイに、女性が注目する。
デプロイはやや中性的な顔立ちの青年だ。今は肩くらいまである渋い緑の髪を紐でひとつにまとめており、質素な服に身を包んでいる。
彼は優雅な物腰と穏やかな性格で老若男女に好かれていた。
「僕達は王立兵団の一兵士として、スレッド様に仕えております」
「俺らはみんな第一大隊の第二中隊第七小隊所属なんですよ」
キャッシュがにかっと笑って補足した。デプロイが頷く。
「正式に所属したのは最近ですけどね」
キャッシュ、レイテンシー、デプロイは皆、同年代だ。
幼馴染のキャッシュとレイテンシーは、キャッシュが城に上がっていない時によく遊んでいたと聞いている。
この二人とデプロイは見習い時代当初からの付き合いであるらしく、仲が良い。
女性が知っているかは分からないが、ダイアログ皇国王立兵団の第一大隊第二中隊は精鋭揃いとして国内では有名だ。
彼らは見習いから昇格してそう長いわけではないが、その素質を見込まれて見習い時代から第一大隊に所属していた。
ちなみに、彼らを取り立てた前第一大隊長は先程紹介したロプロであった。
ロプロが近衛兵団に異動になったのはごく最近のことであり、キャッシュなどは未だロプロのことをたまに「大隊長」と呼ぶ。
「キャッシュにレイテンシーにデプロイ、ね。よろしく」
名前と共に視線を合わせながら、女性が微笑んだ。
「私はウィニア。母の名前はジーニアス。あなた達の言う「針の森の魔女」ね」
針の森の魔女、というのは実は一般的な呼び名ではないらしい。スレッドやロプロは20年前の事件の関係者がジーニアスのことをそう呼ぶのを聞いていたのだが、この近辺や帝都辺りでは単に「魔女」とか「よく当たる占いをする魔女」と称されているそうだ。
「母の代わりには力不足かもしれないけど、出来る限りの協力はさせてちょうだい」
「あのう、申し出はありがたいけど大丈夫なんすか」
ぽりぽりと頬をかきながら言ったのはキャッシュであった。
「大丈夫って、どれのことかしら。ここはイカーン帝国領なのに貴方達に協力を申し出ていること?ダイアログ皇国が必死に探している王子をかくまうこと?それとも他のこと?」
ほんの少し首を傾げて問う。答えは期待していなかったようで、すぐに続けた。
「どれにせよ、たいして問題はないわ。それに今のところ、私に出来るのは場所の提供くらいのものだし」
「いや、正直それだけでもありがたい」
青年は心から言う。現在のダイアログ皇国に青年の居場所はない。王弟派はやっきになって行方不明の王子を捜している。
皇国に身を潜めるのは至難の業だ。その点、この村ならば情報はとりにくくても身の安全は確保されている。
虐げられている皇国民のことを思えば、安穏とはしていられない。それでも、今は耐え忍ぶべき時だった。
力を蓄え、王弟に叛旗を翻す事が出来るようになるまで。
青年の決意を見透かしたかのように、魔女は厳かに言う。
「今はゆっくり休んで英気を養うといいわ」
まるで、神の託宣を授けるかのように。
「いずれ来る、その時期まで」


皇綬暦626年──
ダイアログ皇国にて王弟によるクーデター勃発。皇王は捕らわれ、王妃、王子は行方不明となる。
同年、王弟が「皇王」を僭称し、皇国民に増税と徴兵制を発布。
これよりしばらくの間、ダイアログ皇国は苦難の時期を過ごすこととなった。
(『ダイアログ皇国興亡史』より抜粋)

 

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