プロローグ 2

 

話の流れを予想していたらしい女性は多少痛ましそうな表情を浮かべたものの、驚きを示すことはなかった。
無言で話を促され、青年が続ける。
「なんとか国外に脱出したはいいものの、頼るあてもないに等しい。そんな折に、昔聞いた話を思いだして相談に乗ってもらおうと思ったんだ」
針の森に住み、両親の手助けをしてくれた魔女と呼ばれるひとに。
「そう、なるほどね」
頷いて立ち上がった女性を、不思議そうに見やる。
「母なら的確に相談に乗れたんでしょうけど、残念ながら私では知識が足りないわ。だからせめてもの足しに、占いをしてあげる」
「占い?」
「母の助言よりは気休め程度かもしれないけど、ないよりマシでしょ」
困惑気味の青年を置き去りにして、女性は一度部屋を出、すぐに水晶球を持って戻ってきた。
「タロットでも良いけど、とりあえずは水晶かしらね」
女性の言葉に少なからず驚く。占術というのはれっきとした学問の分野の一つだ。
極めるには努力とともに、ある種の才能が必須とされる。
特に水晶を使った占いは最も認知度が高いと共に、才能がなければ一切扱えないと言われていた。
才能──すなわち魔法の才だ。
魔力とは生まれながらに持つ量が決まっているのだという。それを持つ者は限られており、また、扱うのに訓練が必要ということもあって、自在に使いこなせる人間にはなかなかお目にかかれない。
「君は、魔法を使えるのか」
失礼ともとれる青年の問いかけに女性は微笑う。
「これでも、母より魔力だけは上回っているといわれてるのよ」
針の森の魔女、と呼ばれていたこの女性の母も、魔法を使えたという話は聞いていた。
けれど彼女の場合、真に優れているのは魔法ではなくその頭脳だったという。
魔女というのは賢者と呼ばれるのを厭うたための敬称なのだと聞いた。
「さあ、何を占って欲しい?」
緑玉の瞳にまっすぐに見つめられる。
何を聞けば良いのだろう。父母の無事か、皇国の状況か、なすべきことか。
「俺は、今すぐ国に戻るべきだろうか」
悩んで、結局そんなことを聞いてみた。他にもっと尋ねたいこと、尋ねるべきことがある気がするが、いざとなると何を聞いていいのか分からない。
それに目の前の女性にどこまでを打ち明けるべきかも決めかねていた。
打ち明けてしまえば、少なからず自分の事情に巻き込むことになってしまう。けれど針の森の魔女と呼ばれたこの女性の母ならばともかく、なるべくなら無関係の人間を巻き込みたくなかった。
女性は水晶球の両脇に手をかざし、視線を落とす。
「……ダイアログ皇国には今、暗雲が立ち込めているわ。光が差したとしても、すぐに消えてしまうくらい。
今すぐに戻ったとしても、何も出来ずに終わるでしょう。その前に力を蓄えるべき、と出ているわね」
「そうか…」
苦く笑う青年に、女性は少しだけ心配そうな表情をした。

「結局、あれしか占わなかったけど良かったの?」
「ああ、ありがとう」
女性に礼と別れを告げ、一番近い村に戻ると、待ち合わせの場所──村に一軒しかない宿屋兼料理屋の中に仏頂面の見慣れた顔が居た。
顔立ち自体は整っているのにいつでも眉間にしわが寄っているので近寄りがたい空気をかもし出している。
青年と同じような旅装だが、青年が薄い色を基調にしているのに対し、こちらは全体的に暗い色彩だ。
その黒髪の男がこちらに気付く。声をかけた。
「ロプロ、待たせたな」
「スレッド様」
立ち上がろうとするのを押しとどめて、自らも男の前の椅子に腰掛ける。
注文を聞きにきた若い娘に軽い食事を頼み、さて、と切り出した。
「こちらは駄目だった。針の森の魔女殿は最近亡くなったそうだ。その娘には会ったが、詳しい話は避けてきた」
「そうですか、お亡くなりに…」
男──ロプロは少し顔を伏せる。
「一応、占いをしてくれたがな。水晶を使ってたが、どこまで当たるものやら」
肩をすくめて見せると、相手は何かを考え込むように押し黙った。
やがて先ほどの娘がパンに卵や野菜を挟んだ軽食を運んでくる。
「お待たせしましたー」
にこにこと愛想を振りまく娘に礼を言って、
「ところで、ちょっと聞きたいんだけど、良いかな?」
と引き止めた。
「はい?なんでしょう」
「森に住んでる魔女と呼ばれる人についてなんだけど」
「あぁ、アスおばさまですか?それともウィニー?」
名前が二つ出てきて面食らう。おそらく母娘の名前なのだろう。あの女性の名前を聞かなかったということに今更気付く。
「アスおばさまは亡くなられたけど、ウィニーだって占いの腕ならおばさまより上だって評判ですよ。都からも占いを頼みたいって貴族の方が時々いらっしゃるくらいだし」
青年の戸惑いには気付かず、娘は立て板に水とばかりに話し続けた。
「おばさまのは占いっていうより相談に近かったけど、ウィニーのは本格的ですよ」
「あぁ、水晶を使って占ってくれたんだけど」
「水晶占い!高かったでしょう!でも良く当たるそうですよ」
「そうなんだ、ありがとう」
娘は笑顔で一礼して自分の仕事に戻っていった。
ロプロの視線を感じ、青年はそちらに視線をやる。
「何だ?」
「高かったんですか」
値段を気にしていたらしい。首を横に振って否定した。
「いや、タダで占ってくれた。頼めば他にも占ってくれそうだったぞ」
「それは惜しいことをしたかもしれませんね」
全然そう思っていない口調で言う。そのまま何でもないことのように続けた。
「殿下」
「人前でそれはやめろ」
青年が苦く笑う。
「何を占ってもらったのですか」
「あぁ、今すぐ国に帰るべきかとな。しばらくは力を蓄えた方が良いそうだ」
占いの結果をざっくり伝えると、ロプロは頷いた。
「私も同感です」
そうだろうな、と青年は内心考える。
武力で城を制圧した叔父だが、半年経っても状況が変わらないということはそれなりに周到な用意をしていたのだろう。
身一つで国に戻ったとしても、何も出来ずに投獄されるのが関の山だ。
まずは情報と味方を集めねば話にならない。
「なんにせよ、キャッシュ達が来るまでは何もできないんだがな」
肩をすくめて先ほど運ばれてきたパンをほおばった。正面の男も同様に手をつける。
パンはふっくらしているし、卵も野菜も新鮮で素直に美味しいと感じた。食べ物が美味しく感じるうちはまだ大丈夫だと自分に言い聞かせる。
「次に行商がくるのがおよそ3日後の予定だそうですので、おそらくそれに便乗してくるつもりでしょう」
先の青年の言葉に対して、声を落としながらの返事が返ってきた。
「そうか。……それまでどうするかな」
さほど大きくない村だ。よそ者が長く居座ると不審に思われるかもしれない。
特に先の会話で青年が用事を済ませたことを知られている。
今の所知っているのはあの娘だけだが、村中に知れ渡るのも時間の問題だろう。
こういう日々何事もなく過ぎていくような村や町では、目新しいネタはすぐに広まる。
運ばれてきた軽食を食べ終わっても、特にいい考えは思い浮かばなかった。
「まぁ、散歩でもするか」

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