話し合いの翌日、スレッドは再度ウィニアを訪ねた。ノックの後、さほど間をおかずにウィニアが顔を出す。
「あら、レイなら村に行ってるわよ」
行き違いになったと思われたらしい。だが実はレイテンシーとは村で会ったのでそれは知っている。そもそも今日はレイテンシーを呼びにきたのではないのだ。
話があると告げると中に入るよう促される。いつも通り居間に案内され、いつかのように机を挟んで向かい合わせに座った。
「そろそろ、国に戻ろうと思っているんだ」
決意を込めて伝える。
ここに居る限り、自らの身の安全は保障されている。けれど皇国では多くの民が虐げられ、搾取されていた。
首都タイリング、ひいてはダイアログ皇国から逃げ出す民も多くいるという。
それに混乱が多少収まった今なら諸侯の動きも読みやすくなるだろう。キャッシュやデプロイづてに状況を聞いた限りでも、諸侯の何人かは王弟に与せずに抵抗を続けているそうだ。そういう者達と連絡を取ってみるためにも、国に戻る必要があった。
真剣な様子のスレッドに対し、ウィニアはあっさりとした態度で頷く。
「そう、ちょうど良かったわ。私もしばらく村を離れるつもりだから」
「君も?」
スレッドが村に滞在していた間に彼女が村を離れたのは数えるほどだが、ない訳ではない。薬の材料や、薬そのものなどを買出しに近隣の町へ行っていた。今回もそうかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
「メディアに行こうと思っているの」
「メディアへ?」
思わぬ地名に眉根を寄せる。スレッドの反応をどう受け取ったのか、ウィニアは口元に手を当てて少し考え込んだ様子だった。
「えぇ、しばらく戻ってこられないと思うわ」
「君一人で行くのか?キャップは?」
数少ない外出時、彼女は必ず愛竜と行動していた。
女性の一人旅は危険が伴う。その点、キャップが共にいれば襲われる可能性はぐっと減るので多少は安心できた。
けれどウィニアは首を横に振る。
「キャップは置いていくわ。大きい街だと警戒されるから」
馴染みの街なら問題ないが、遠い街ではそうもいかないということらしい。
確かに見るからに竜騎士というならともかく、彼女が竜を連れて街に行けば目立つことこの上ないだろう。イカーン帝国領内だと地域によっては野生の竜がいるそうだが、それももっと南の話だ。少なくともこの辺りに野生の竜が出没するという話は聞いたことがない。
不躾を承知でさらに問いかける。
「メディアにはよく行ったことが?」
「何度かは。頻繁にというほどではないわね」
「では、メディアまで共に行かせてくれ」
間髪を入れずに返したスレッドの言葉にウィニアは不思議そうに首をかしげた。紅い髪がさらさらと揺れる。
「無理してついてくることはないのよ?色々準備もあるでしょうし」
「君には世話になった。せめて送るくらいはさせてほしい」
自分でも押し付けがましいのは分かっているが、どうしても譲れなかった。
ウィニアが困ったように微笑む。
「でも、コンソール王国を通るつもりなら逆方向よ」
「いや、もともとまずはメディアに行くつもりだったんだ」
察しの良い女性はああ、と頷く。
「ということは皇太子様に話をつけに行くのね」
「そういうことだ」
彼女には隠す必要もないので素直に肯定する。
そう、と呟いて思案した後、ウィニアは顔を上げてスレッドを見た。
「せっかく行き先が同じなのだから、ご好意に甘えて送ってもらうことにするわ」
その言葉に安堵する。
「いつ出立するつもりなんだ?」
「なるべく早い方がいいから、私は明後日にでも出るつもりだったの」
行動が早い。内心その行動力に舌を巻く。
「貴方達の準備にまだかかるようなら、それに合わせるわ」
いつにするか決めていたわけではないが、どうせ近々出立するつもりだったのだ。多少早まった所で反論は出ないだろう。
そう考えて首肯する。
「明後日で問題ない。準備するように伝えておく」
よろしくね、とウィニアは静かに頷いた。
出立の朝、レイテンシーと共に村外れに来たウィニアの姿を見て、スレッドは驚きを隠せなかった。隣にいたキャッシュも目を丸くする。
「えっ、髪切っちゃったんすか!?」
腰まであったつややかな髪が、肩口の辺りで切りそろえられていた。
「……随分思い切ったな」
女性にとって髪は命とも言われる。しかしかなりの長さを切った当の本人は「そうかしら?」と首をかしげた。
「旅するには邪魔になりそうだったから、レイに手伝ってもらったの」
手伝ったというレイテンシーは神妙な表情を崩さない。おそらく、彼女に押し切られて手伝わされたというのが真相だろう。
正直なところ、もったいないと思ったが本人が気にしていないのだから他人が口出しする筋合いはない。
「短いのもお似合いですよ」
「ありがとう」
そつのないデプロイに笑顔で答える。長い髪を見慣れていたが、短い髪型もよく似合っていた。
今日のウィニアはさっぱりとした旅装に、肩かけの荷物を持っている。
他の面々も似たようなものだ。異なるのは、それぞれが得物を持っている点くらいか。
スレッドは細剣を腰に下げているし、ロプロとキャッシュは剣を、デプロイは槍を、レイテンシーは弓を持っている。
「そろそろ行きましょうか」
ロプロが促し、一行はひとまず隣町に向けて歩き出した。
この辺りは村の中も他の町に続く街道も舗装されていない。スレッドが育ったタイリングは石畳で舗装されていたけれども、そういう街はごくわずかだ。国の中心地域ならばともかく、地方ではほとんど舗装された道など見かけない。
本当は馬車でもあればいいのだが、この村には乗合馬車はやってこないそうだ。村人が遠出する場合は徒歩で馬車のある町まで移動するらしい。
それにならっても良かったが、スレッド達は馬車に乗らずあえて歩いてメディアに向かうことにしていた。
自分の足で帝国内を歩き、情勢を判断したかったためだ。費用がかさむというのも一因ではある。
明るい日差しの中、ウィニアがキャッシュ達と話をしながら笑いあっている。この光景だけ見ると、とても平和な風景だった。