第1章

 

メディアへの道行きはほぼ順調であった。野営中に幾人かの夜盗が襲い掛かってきたものの、こちらには腕利きの兵士がついている。特に問題もなく撃退し、近くの町の警邏隊に引き渡すことが出来た。
シュリンク村を出発して約3週間。ロプロを除く一行はイカーン帝国有数の大都市メディアに足を踏み入れた。用事を言い付けてあるのでロプロは一人で先行して今朝のうちにメディア入りしている。
昼のメインストリートは地元の人間や旅人など多くの人で賑わっていた。流石に帝国内屈指の商業都市らしく、行き交う人の数は今まで通ってきた村や町とは比べ物にならない。あちこちから店の呼び込みや仲間同士で盛り上がる声が聞こえている。ちょうど昼時が間近ということもあり、通り過ぎた食堂や露店からおいしそうな匂いが漂ってきていた。
「おー!賑やかっすね!」
どことなく嬉しそうなキャッシュの言葉にウィニアが頷いた。
「そうね。前に来た時よりも賑わってるかも」
人々の表情はほとんどが明るい。実際、隣国のクーデターなどこの辺りの地域にはほとんど関係ないのだろう。事件直後ならともかく、もうかなりの時間が経っている。距離も離れているし、日常生活に困ることもない。
「施療院に行くということでしたよね?」
「ええ」
ウィニアの目的地がこの街の施療院だということは旅の途中に聞いていた。
そう何度も来ているわけではないと言っていたが、ウィニアはほとんど迷いのない足取りで先導する。軽い会話を交わしながら街の西側に向かってしばらく歩くと、鉄柵で囲まれた薄いクリーム色の壁の建物が見えた。
「あれが施療院よ」
怪我や病気の治療を行う施設が施療院で、出資元は国や王族だったり富裕な貴族だったりと様々である。この街の施療院は領主が経営しているそうだ。
周囲の他の建物よりも広く土地を使っているのは、経営者が領主だからなのだろう。
開け放たれた門扉をくぐり、そのまま小道を通り抜ける。
建物の入り口で、ウィニアは職員らしき中年の女性に話しかけた。ふくよかな体型に優しげな顔立ちの女性だ。
鉢植えの花に水をやっている途中のようで、お仕着せの制服の上に汚れないようにとの配慮からか前掛けをしている。
「すみません、こちらにリテラルはいますか?」
「リテラルちゃん?ええ、いるはずよ」
女性が首を傾げながら答えた。
「申し訳ありませんが、ウィニアが来たとお伝え願えませんか」
「いいわ、ちょっと待っててね」
にこにこと笑いながら如雨露をその場に置いて中へと入っていく。
しばらく待っていると、奥の方からばたばたと音が聞こえてきた。
「ウィニー!!」
膝下まであるスカートの裾をからげ通路から走ってきた少女が、勢いよくウィニアに抱きつく。がばっという効果音が聞こえそうな勢いだった。
「久しぶりねっ!元気だったっ?」
「えぇ。あなたも変わりないようね、ラル」
飛びついた少女に驚く様子もない。抱きとめ、いたって普通の調子で微笑んだ。
ラル、と呼びかけられた少女は抱きついたまま尋ねる。
「急に来るなんてどうしたのっ?もちろん嬉しいけど!」
「ちょっと用事があってね。それに、ラルとおばさまの顔も見たかったし」
「あっ、髪切ったのね!短いのも素敵よ!」
「ありがとう」
二人だけの世界である。ウィニアはともかく、もう一方の少女は明らかにこちらなど眼中にない。
スレッド一行はそれを少し離れた場所で見ていた。
感動の再会をわざわざ遮ってまで会話に混ざろうと思わない、というより展開が急すぎてついていけなかっただけである。
ただ、二人が相当親しい間柄なのだろうということは今のワンシーンでよく分かった。
ウィニアが顔をスレッド達に向ける。
「ラル、私を送ってくれた人たちを紹介するわ」
そう言われてやっと少女はウィニアに抱きつくのをやめた。彼女の後ろに人間がいたことをようやく認識したらしい。
不思議そうにウィニアとスレッド達を見比べる。
「この子はリテラル。私の友人よ。この街の施療院で癒し手として働いているの」
リテラルはぺこりと頭を下げた。水色の髪を後ろでまとめており、それに布をかぶせて垂らしている。
なかなか愛嬌のある顔立ちだ。おそらく年齢はウィニアとそう違わないだろう。
「癒し手」とは宗教に属さずに人々の治療をする者たちの総称だ。これが宗教に絡むと呼び名も変わるが、行っている行為は大体変わらない。
「はじめまして」
目じりの下がった山吹色の瞳が、スレッド達はどういう関係の集団なのかと疑問符を浮かべている。
それも仕方ないかもしれなかった。今はロプロがいないので、ほぼ同年代の集団となっている。傭兵団というには若すぎるし、旅芸人という雰囲気でもない。
「ラル、手前にいるのがスレッドよ。奥にいるのが右からキャッシュ、レイテンシー、デプロイ」
紹介された順にそれぞれが軽く目礼した。
「あと一人、ロプロという人がいるんだけど、今は別行動中なの」
少女は「ふぅん」と興味なさそうに頷く。
スレッドは苦笑しながらウィニアに話しかけた。
「さて、名残惜しいがここまでだな」
一緒に行動できるのは彼女をこのメディアに送り届けるところまでだ。これから先は各々別の目的がある。
1年近くも匿ってくれた彼女に対して、自分達は迷惑をかけるばかりでほとんど礼もできなかった。せめて無事に国を取り戻すことが出来たらまた会いに行きたいと思う。
「わざわざ送ってくれてありがとう。助かったわ」
「こちらこそ、無理についてきてすまなかった」
うふふ、と軽く笑われた。
「ロプロにもよろしくね」
「ああ。……それじゃあ」
短く別れの挨拶を交わす。後ろに控えていたキャッシュ達も頭を下げた。
「またね」
微笑みながら、ウィニアはいつかのように手を振った。

Back   3←   →5