“コッペリア” 3.身代わり人形

さて、それより前にこの家に忍び込んだスワニルダと友達は、一体どんな冒険をしたのでしょう。
この家の二階はコッペリウスの仕事場になっていて、人間の体くらいの大きさの人形が、ずらりと並んでいました。古めかしい楽器を手にした中国人や、シンバルをたたく格好をした道化師、望遠鏡で天を覗いている星占いの老人など、さまざまです。
スワニルダを先頭にして、おっかなびっくり階段を上がってきた娘達は、こわごわ部屋を覗き込みました。
「わぁ、大きな人形がたくさんあるわ」
「なんだか、気味が悪いよねぇ」
と囁きあっていましたが、そのうち怖さより好奇心の方が先に立って、次々と人形を調べ始めました。
まもなくスワニルダは、奥の方の、黒いカーテンで仕切られた場所に気付きました。
そっとカーテンを開けてみると、あの美しい少女が、いつものように椅子に腰掛けて、ランプの光で本を読んでいました。
「こんばんはでありますよ、コッペリアさん」
とスワニルダは丁寧に挨拶しました。
しかしコッペリアは、相変わらずつんとしていて、返事をしようともしません。
しゃくに障ったスワニルダがいきなりコッペリアの腕をつねると、その腕があんまり冷たかったので、ぞっとして手を引っ込めました。
「まさか……」
不思議に思ってよく見ると、コッペリアが今まで読んでいた本は、ただの白い紙を閉じてあるだけで、一字も記されていない事が分かりました。
「うわあ、あなたも人形だったのでありますね。ばかばかしい!」
スワニルダは急に可笑しくなって、大きな声で笑い出しました。
「どうしたの?スワニルダ?」
みんなが集まってくると、
「ほら、この女性をよく見て下さいであります。これは人形でありますよ。始めからそうだったのでありますよ」
と言いながら、スワニルダはまた笑い転げました。
「それにしても、フランツ様は困った人でありますね。人形に憧れるなんて……」
怪しい家の正体がすっかり分かった娘達は、急に大胆になりました。
めいめい、気に入った人形のゼンマイをかけて遊びだしたので、ガランガラン、コットンコットン、ガタガタガッタンと大変な騒ぎです。
するとこの騒ぎの最中に、目を血走らせたコッペリウスが飛び込んできました。
かんかんになったコッペリウスは、ステッキを振り回して娘達を追いかけながら、
「こらっ、この愚民共……さっさと出て行け!」
と怒鳴りました。
娘達は多少わざとらしくキャーキャー言いながら、階段を駆け下りて行きました。ですがスワニルダはただ一人逃げ遅れてしまったので、とっさにカーテンの後ろに隠れました。幸いにも気配を殺すのには慣れていたので、コッペリウスは気付いていません。
「ふう、やれやれ。さすがにオレ様でも疲れたな」
コッペリウスは、例の大きなハンカチを出して汗を拭き、どっかとソファに腰をおろしました。
その時バルコニーの方の窓が開いて、誰かが忍び込んでくる気配がしました。
コッペリウスはテーブルの後ろに隠れて、成り行きを見守ることにします。
そうとは知らないフランツは、そろそろと手探りで仕事部屋へ入ってきました。
さっき娘達が驚いた様に、フランツも人形を見てはっとした様です。
でもまもなくそれがみんな人形だと分かると、安心してずんずん奥の方へ入っていきました。そしてカーテンのしてある隅っこに気付くと、そちらの方へ行こうとします。
途端、コッペリウスは飛び出して後ろからフランツの頭をガンと叩いたので、フランツは衝撃でその場に崩れ落ちました。
「いってぇ…」
「おい、貴様!何でいきなり人の家に忍び込んだんだ」
「コッペリウス…」
「もしやこのオレ様の作る素晴らしい人形を盗みに来たんだな!そうはさせんぞ!」
フランツが何も言わないうちに、コッペリウスは一人で盛り上がっていきます。
「いや、俺はコッペリアに用があったんだが…」
ぼそりとフランツは呟きましたが、聞いちゃいません。
ですが、急にあるたくらみを思いついたコッペリウスは露骨に態度を変え、
「ふん、だがまあいい。貴様に酒を飲ませてやる。こちらへ来い」
と言ってフランツをテーブルの方へ連れて行き、無理矢理酒を勧めました。
フランツがちょっと脇を向いているすきに、コッペリウスはその酒の中に眠り薬を入れておいたのです。
困ったのはフランツでした。
実はフランツは下戸だったので、酒が全く飲めないのです。
しかし迂闊に拒否でもしようものなら警邏隊に引き渡されるかもしれません。
仕方なく飲む振りをして、酒を椅子の下に零していました。
コッペリウスはフランツがいっこうに眠る様子がないのを訝しく思い、自分で眠り薬入りの酒を飲み干してみました。
するとだんだん眠くなってきて、しまいにはテーブルの上にうつぶせになりぐっすり寝込んでしまいました。
「助かったぜ…」
さっきからカーテンの影でこの様子を見ていたスワニルダは、そこで出ていきました。
「スワニルダ!?ここで何してるんだ!?」
驚いたフランツは尋ねます。
「小生はコッペリアさんに会いに来たのでありますよ。ところがここにいたのは、エナメルの目をしたただの人形でありました」
カーテンを開けて、フランツにコッペリアを見せながら、スワニルダは笑いました。
フランツが近づいてみると、それは確かにただの人形でした。
「さあ、早く逃げるでありますよ。コッペリウスが起き出さないうちに」
よく訳が分からないながらもスワニルダの言うとおりだと思い、フランツは家から逃げました。三十六計逃ぐるにしかず、とはよく言ったものです。
スワニルダはフランツを先に帰らせると、良し、と頷いて長い黒髪の人形を見つめました。
しばらくして起き出したコッペリウスは、フランツがいない事に気付きました。
不意に人形のコッペリアがどうなったかと心配になり、慌ててカーテンを開けてみます。
するとどうでしょう。大切な人形は見るも無惨に壊されているではありませんか。
何もここまでしなくても、と思うくらい悲惨な状況です。
長い黒髪はばっさりと切られているし、綺麗だった顔はとくに粉々に砕かれていました。
スワニルダが念入りに壊していったからです。
「うう!」
コッペリウスは呻いて、頭を抱えました。
「もう、何もかもおしまいだ」
悲しくなって、コッペリアの破片を抱えて泣き出してしまいました。

 

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