こうして二人が喧嘩している所へ、村の若い男女が、ダンスを踊りながら広場へやってきました。
その賑やかな踊りにつり込まれて、フランツもスワニルダもいつの間にやら争いを忘れてしまいます。
村人達の後から、この村の村長が現れて、
「皆さん、静かにしてちょうだい」
と皆に話しかけました。村長は薄紅色の髪の美人ですが、怒らせるととても恐ろしい人なので、皆あっという間に静かになります。
「今度領主様が教会の新しい鐘をこの町に寄付してくださった事は、皆さんももう知っているでしょう?
その鐘がついたので、明日はそのお祝いの式を行う事になったのよ。その時、今度結婚する若者に領主様から持参金をくださることになったの。
なんともありがたいお話じゃない?だから婚約している人達は、明日の良き日に結婚したらどうかしら」
村長の演説が終わるやいなや、広場の若者達の間にざわめきが起こりました。
「スワニルダ、あなたはどうかしら」
近くに立っていたスワニルダに気付いて、村長が声をかけました。
「明日、フランツと結婚したらどう?またとない良い機会だと思うのだけれど」
「あ……はいであります」
スワニルダはまごついて、顔を赤らめました。
確かにこの上ない良い機会なのですが、今のフランツの気持ちを確かめてからでなければはっきりとした返事が出来なかったからです。
スワニルダは泣き出したい様な気持ちでした。
スワニルダが頭をたれて考えに沈んでいると、女友達の一人で銀色の髪の女性が、一本の麦の穂を持ってきてスワニルダに渡しました。
この地方には、“麦の穂は心の秘密を話す”という言い伝えがあるからです。
「これを振ってみなよ。麦がさやさやと音を立てたら、フランツはまだアンタを愛してるってことだよ」
スワニルダは麦の穂に耳を寄せて振ってみましたが、何も聞こえないのでがっかりしてしまいました。それで、
「今度はフランツ様が聞いてみてくださいであります」
と言いながら、麦の穂をフランツに渡しました。
フランツは気が進まない様子でしたが、言われるままに耳の傍で麦の穂を振ってみた後、ちょっとびくびくしつつ、
「何も音がしないな」
と言いました。実はスワニルダはこの村一番の剣の使い手なので、怒ると手がつけられないのです。この村で彼女を止められるのは村長だけでした。
スワニルダは失望して麦の穂を折り、道ばたに捨ててしまいました。
「もうこれでフランツ様ともお別れでありますね!」
と言うなり、スワニルダはフランツの手を振り切って、どこかへ走り去りました。
夕闇が迫ってくると人々は家へ帰っていき、広場には人影もまばらになりました。
その時、人形作りの家のドアが開いて、コッペリウスが首を出しました。
コッペリウスはきょろきょろと挙動不審気味に辺りを見回して、人影のないのを確かめてから安心した様に出てきました。
大きな鍵でドアをしっかりかけるとポケットから大きなハンカチを取り出してその鍵を包み、
「これでいいぞ。さて、散歩にでも出かけるか」
とコッペリウスは独り言を言いました。
ところが少し歩いた所で、人形作りはまだその辺をぶらぶらしていた若者達につかまってしまったのです。
「お、珍しい。踊ろーよ!」
いたずら好きの若者達はコッペリウスを無理矢理踊りの仲間に引き入れようとしました。
「こらっ、離せ、愚民共っ」
コッペリウスはまるで犬でも追い払う様に、ステッキを振り回します。
でも若者達は、いよいよ面白がって人形作りをからかうのでした。
はあはあ言いながら、汗だくになったコッペリウスは、ハンカチを取り出して、額の汗を拭きました。
しかし、その時に大事な鍵を落とした事にはいっこうに気が付かなかったのです。
しばらくしてそこを通りがかったのは、スワニルダと友達の娘達でした。
娘達は、あの謎めいた家を見上げながら、
「この頃、綺麗な娘さんがいるよのね」
「えぇ……コッペリウスさんのご姉妹かしら」
と小声で噂しあいました。突然、娘達の一人が、
「ほら、こんな大きな鍵を拾ったよ」
と言いました。スワニルダはそれを見て、
「あっ、そうであります!これはコッペリウスの家の鍵でありますよ。この様に大きな鍵を使っている家は他にないのであります」
とやけにきっぱり言いました。
「あの、これでドアを開けて、あの家に入ってみないでありますか?小生、一度入ってみたかったのでありますよ。
いつも窓際で本をお読みになっている、あのお嬢さんにもお会い出来るかもしれませんでありますし」
スワニルダは友人達に不法侵入を教唆します。友人達は顔を見合わせ、
「うん、面白そうじゃない?」
「賛成!」
たいして悩みもせずに決めました。
こうしていたずら好きの娘達は、不思議な家の探検を始める事にしました。
それからまもなく、スワニルダの許嫁のフランツが梯子を担いで広場にやってきました。
フランツは、優しく投げキッスをしてくれた少女とじかに会って知り合いになりたい一心で忍んで来たのです。
フランツが人形作りの家のバルコニーへ梯子をかけて、いましも二階へ上っていこうとしたとき、あいにくにもコッペリウスが戻って来ました。
フランツは大慌てで梯子を肩に担ぐと、家の横の暗闇にかけこんでほっと胸をなでおろしました。まったく、危ないところだったのです。
コッペリウスは大事な鍵を落とした事に気が付いたので、慌てて引き返してきた所でした。
夕闇をすかしてきょろきょろと地面を捜しながら歩いてきたのですが、どうしても鍵は見つかりません。
「一体どういうことだ?汗を拭いた時に落としたという完璧な推理に間違いないはずだぞ……」
戻ってみると、入り口のドアが開けっ放しになっているではありませんか。
すわ泥棒かと思ったコッペリウスが凄い勢いで家に飛び込んだその後で、またフランツが戻ってきました。
フランツは、今度は邪魔される事もなく梯子を伝って、首尾良く二階へ忍び込みました。