息苦しさと共に一気に意識が覚醒した。何だどうした何が起きた!?
目を開けるとそこには黒ずくめの人影が。まさかの起きたら暗殺者パート2。わあい、嬉しくない!
しかも今回は鼻をつままれていた。道理で息苦しいわけだよ!むしろ呼吸できてないよ!
口を開こうとすると、口元まで塞がれる。あれ、これって殺される感じ!?今度の死因は窒息死!?
慌てる私の耳元に、暗殺者が顔を近づけた。
「大人しくするなら手を放す。ただし、騒げば……」
終わりまで聞くことなく頭を上下にこくこく振った。暗殺者がすっと手を放し、一歩下がる。
解放された鼻と口から新鮮な空気が流れ込んだ。ぷはっ、死ぬかと思った。
何度か深呼吸をくり返し、呼吸を整える。よし。
ベッドの上で半身を起こし、背筋を伸ばした。格好つけたって今更だということは重々承知している。 ただ単にこれから話をしますよ、というパフォーマンスだ。早鐘を打つ心臓をなだめ、声を出す。
「わたくしに、なんのごようですか?」
声が震えていないことを願う。怯えを出すな、私。
弱気になればつけこまれるという習ったばかりの会話術がよぎる。交渉をする時は、強気でいけ。
「あんたに用はない」
「えっ……?」
用事もないのに鼻をつまんで起こしたの!?意味が分からない!せっかくの虚勢が台無しだよ!
混乱する意識の端で冷静な部分が囁く。先程は呼吸が出来ない方に意識を持っていかれて気付かなかったが、声が妙に若くないだろうか。 成人男性の声というより、声の低い女性か声変わり前の少年のようだ。
そう気付いてから目を凝らして観察してみれば、やはり成人男性の体格というには違和感がある。小柄な女性か、はたまた子供か。
「巻き添えで死にたくなければさっさと逃げることだな」
「ええ……!?」
物騒な発言に驚いている間に、呼び止める暇もあらばこそ、暗殺者はさっさと踵を返して窓から出て行ってしまう。 待って待って、なんだったの、今の。
いや待たなくていいけど。本当に待たれるとそれはそれで困るから。
発言の内容は何のことやらさっぱりだが、ひとまずまたも助かったらしいことに安堵する。夜風に頬を撫でられて、大きく息を吐いた。
しかし暗殺者の忠告を信用するなら、暢気に安堵もしていられない。 「暗殺者の忠告を信用」って言い知れないもやもやがあるけど、そこは目を瞑ることにして。
これから巻き添えで死ぬような何かが起きるということだ。巻き添えとはまた嫌な響きである。私を狙ったんじゃない辺りが特に。
そんなことを考えていると、廊下の方が騒がしくなってきた。ばたばたと走り回る音と共に、悲鳴のような声も聞こえてくる。 早くも切迫した事態が起きたらしい。
ドンドンドン!とノックというには激しい勢いで扉が叩かれた。
「四姫様!失礼致します!」
言い終わるや否や、返事を待たず乱暴に開け放たれる。
入ってきたのは私付きのメイドだった。三人の女性騎士とメイドがもう一人、その後に続く。
先頭のメイドは起きていた私に少々驚いたようだが、すぐに駆け寄ってきた。
「ご就寝中に申し訳ありません。後宮の一部で火災が起きましたので、避難をお願いします。」
「かじですって!?」
慌てて裸足のままベランダに飛び出し左右に目をやれば、後宮の一画から煙が出ているのが分かった。 風がかすかに焦げ臭いにおいを運んでくる。
今にも私の住む区画にまで火の手が迫っているというわけではなさそうだが、のんびりしている余裕はない。すぐにでも避難しなければ。
ベランダから引き離されて、ベッドに座らされる。 バレエシューズのような室内履きの柔らかい靴をはかせてもらう間に、寝衣の上から手渡された上着を羽織った。 緊急事態なので着替えている暇はない。着替えに割く時間があれば一刻も早く逃げるべきだろう。
「御身、失礼致します」
騎士の一人にしっかりと抱きかかえられ、そのまま他の使用人達と共に部屋を出た。 女性ながら騎士だけあって、きちんと鍛えられているらしい。小走りでも抱え方が安定している。
避難場所は後宮の外庭だった。いくつか置いてあるベンチの一つにゆっくりと下ろされる。
「しばらくはこちらでお待ちください」
「わかったわ。ありがとう」
大半の者は眠りについていたようで、室内着のまま落ち着かない様子でうろうろしたり煙のあがっている一画を見たりしていた。
一口に後宮と括ってしまいがちだがそれなりの広さがあり、当然のことながら維持管理するための人員が相当数居る。 決して狭くはない後宮の庭のそこここで身分の上下に関わらず不安そうな顔が溢れていた。
中には不満そうな顔でふんぞり返ってる私の母親のような例外もいるがね。ご自慢のナチュラル風メイクをする時間もなかったんだろうな。 うんまあほとんど没交渉だけど無事で良かった。
ざっと見た感じでは数少ない私に仕える使用人にも欠けている顔がなさそうなことに少しだけ安堵する。 後宮の使用人を全て知っているわけじゃないが、何人かの顔見知りも見つけた。
建物の損害は仕方ないにしても、人的被害がなければ良いんだけど。
祈るくらいしか出来ることがないので、足をぶらぶらさせながら空を見上げる。 人間達の営みなんか関係ないといわんばかりの見事な星空だ。雨でも降れば鎮火も早まりそうだと思ったけどこの分では期待薄だな。
春とはいえ、遮るものの少ない夜の庭だ。寝衣の上に一枚羽織っただけの格好でじっとしているのは少々肌寒い。 自然と未だ煙の出ている方向に目を向けていた。
この火事はあの暗殺者、もしくはその仲間が起こしたものだろうが疑問が残る。
どうして暗殺者が私をわざわざ起こしたのか、だ。
私の頭でもすぐに考えられる理由は二つ。
一つは、無用な被害を出さないため。
もう一つは、私に罪をかぶせるため。
全然違う理由があるかもしれないが、考えたところで分かりはしない。理由はどうあれ、私が「今」死ぬのを良しとしない者がいたのだろう。
ではこの火事は何を狙ったのか。少なくとも私ではない。 私を殺すだけなら火事なんて起こさなくても寝ている間にそのままさくっとやってしまえばいいだけの話だ。 自分で言うのも悲しいが、暗殺者が二度も簡単に出入りしていることからも分かるように私の部屋の警戒はさほど厳重じゃない。 厳重じゃないというかどちらかといえば後宮内では警備が薄い方だ。
火事を起こすなんてそんな手間隙をかけざるを得ない、もしくはかける価値のある人物は……?
一番に思い浮かぶこの国で最も身分が高い人間は国王陛下だ。しかし陛下が後宮で寝泊りすることはまずない。 今も王城の自室にいるだろう。陛下が狙いなら後宮じゃなく本宮に火をつけるはず。
次に身分が高いのは本来的には正妃だが、その座は今空位である。
騒然とした周囲を見回す。
ふと、嫌な予感がした。火の手があがっていたのは兄様の生活する区画の方角だった。
「だれか、兄様がどうしているかしらない?」
手近な使用人を捕まえて尋ねてみても首を横に振るばかり。そりゃそうか。この辺にいるのは主に私と第三妃に仕える人間だ。
無事を確認したらすぐに戻るから、と内心言い訳しつつ混乱に乗じてこっそり兄様の区画の方に移動する。 出火場所が近い所為か、かなり焦げ臭い。誰か知り合いは、と視線をめぐらせると見覚えのある使用人が燃える後宮を呆然と眺めていた。 普段なら兄様の傍にいるはずの新米侍女だ。だが今は辺りに貴人の姿は見えない。
「あなた、兄様のじじょよね?兄様はどうしたの?」
侍女は第四王女がこんな所に来ていることに驚きつつ、不安からか口を割った。
「殿下がおられないのです。別の者がご案内すると言っていたのですが、その者も姿が見えず……」
兄様がいない……?
それを聞いて、ぶわっと鳥肌が立った。不吉な予感がいや増す。
もしかしたら本宮に避難したのかもしれないと期待し、後宮と本宮の境に行ってみることにした。 ここには緊急時でも必ず見張りの衛兵が一人は待機することになっている。兄様が通っていれば分かるはずだ。
行き交う人の波に乗って後宮の入り口にたどり着く。そこで心配そうにしながら待機する騎士に、兄様が本宮へ移動していないかどうかを尋ねた。
「いえ、夕方以降第一王子殿下をはじめどの王子王女殿下もお通りになっておられません」
「そう、ありがとう」
いきなり現れた第四王女に怪訝な顔をしながらも律儀に答えてくれてありがとう。返答内容は一切喜べる余地がなかったけど!
そうか、本宮に戻った形跡はなく、避難誘導をするといった侍女ごと姿が見えない、と。
完全に嫌な予感しかしない。立っちゃいけないフラグが立ってる予感がびしばしする。どうしよう。
不審な行動を騎士に問いただされる前にさっさと立ち去ることにする。
唯一希望があるとすれば、隠し通路だろうか。緊急時に王族が避難するための隠し通路が我が王宮にもある。 次期国王の兄様なら、当然教えられているだろう。
問題は、私にそれを確かめる術がないってことだ。 私は自室にある隠し通路を偶然知ったが、王宮の隠し通路などいつかどこかに嫁ぐであろう王女はまず教えられない。 逆手にとって攻め込まれる危険性を減らすためである。
しかも私の知る隠し通路も実際に通ってみたわけじゃなく、存在を確認しただけだ。すなわち、どこに通じているのかが全く分からない。 こんなことなら夜中にでもひそかに抜け出してみれば良かった。
もっとも、兄様の棟にあるであろう隠し通路の出口と私の部屋からの出口が同じであるとは限らないので知っていても意味がなかった可能性も高い。
分からない以上、今どうこう言っても仕方ないことだ。
考え事をしながら元来た道を歩いていると、兄様の侍女の横でお怒りモードな私付きの侍女が待ち構えているのが見えた。仁王立ちだった。
「四姫様!」
「あらぁ」
「あらぁ、ではございません!」
だよねー。心の中で深く頷いた。
「ごめんなさい、どうしても兄様がしんぱいで」
「お気持ちは分かりますが、わたくし達に一言お声をおかけください」
「みないそがしそうにしていたから、じゃまをしてはいけないかとおもったのよ」
「四姫様が皆に黙って消えられる方が困ります」
全くもってその通り。
ちょっと無事を確認して戻るつもりが、兄様が見当たらないので探し回ってしまったもんな。仕方ない、兄様は心配だが戻るか。
「そうね、もどりましょう」
そう言ってまだ煙の出ている後宮の方を何気なく見やる。
消火活動に加わりたいのはやまやまだけども、幼児が加わったところで邪魔になるだけだ。大人しく報告を待つことにしよう。 そう、思っていたのだが。
「あれって、兄様よね……?」
侍女達が怪訝な顔で私の指差した先を見た。震える指の先に見えるのは。
同じような窓が続く中の一つ、さほど大きくない窓。 いくつかある薄明かりのついた他の窓と大差ないように見えるが、そこには金の煌めきが。
気付いた瞬間、駆け出していた。
「お待ちください!四姫様!!」
悲鳴に近い声が響くが気にしていられない。五歳児の足の早さなどたかがしれている。捉まらないように煙を吐き続ける建物に入り込んだ。
近くに騎士でもいれば別だったろうが、侍女やメイドが火事の中をわざわざ追ってくることはあるまい。 私に対する忠誠心がそこまで高いと思えないし、誰だって自分の命が惜しい。
煙を吸い込まないよう、上着の袖で口元を押さえる。 水をかぶってくれば良かったかな、という考えが一瞬過ぎったが、その前に止められただろうと思い直した。
走りこんだのはいいものの、私の行動範囲外なのでしばらくしてから立ち止まって周囲を観察する。 一口に後宮と称されていても、全く同じ造りということはないからだ。 流石に第一王子の使用している区画だけあって、置いてある調度品も立派なものが多い。余裕のある時にゆっくり見てみたかったよ(泣)
左右を見回しながら上への階段を探す。駄目だ分からん、と左に向かって歩くことしばし。 運よく使用人のための階段を発見した。そのまま三階まで駆け上る。
燃え盛る炎が見えるという程でもないが出火場所が近いようで、体感温度が上がってきた。 何を燃やしたのか知らないけど、油でもまいたのかな。通常の小火騒ぎなら既に鎮火していてもおかしくない程度に時間が経っていると思う。
消火活動に加わっている騎士の姿が一向に見当たらないというのもおかしい。 男子禁制の後宮ではあるが、緊急時には男性騎士の立ち入りが許されるはずだ。 それなのに男性騎士どころか普段から後宮につめているはずの女性騎士すら姿が見えない。これは嫌な予感が的中したかな。
暗殺者が出入りしていたことといい、完全に何者かが兄様を消しにかかっているとしか思えなかった。
そんな中に幼女一人で飛び込むなんて無理無茶無謀だという自覚は私にもある。 チートな能力なんて何もない私に出来ることなど限られている。それでも飛び込まずにはいられなかった。
それに一つ懸念事項がある。誰が味方なのか、私には分からないのだ。 これだけ大掛かりな仕掛けをした以上、おそらく多数の内通者が存在している。 直接手引きした者だけでなく、騎士の動きに制限をかけられるくらい上の方に。おお、怖い。
黒幕が気にならないでもないし、うっすら想像できなくもないけれど、今はそれよりも兄様と合流する方が先だ。 私が見た位置に兄様がいなくなっていればそれはそれでいい。自力で脱出できたのだろうから。
まだ残されているのか、もう居ないのか。少なくともそれを確認するまで逃げるつもりはなかった。
三階の廊下は既に煙が充満し始めていた。人の気配は相変わらずない。
窓の外から見えた部屋までもうすぐのはず。
全力で階段をのぼったのでかなり息が切れていた。五歳児だからね!王女様は普段全力疾走する機会もないし!あってもしないし!
目当ての部屋に近付くにつれ、暑くなる一方だ。狭い使用人用の通路をぐんぐん進む。
メインの通路に出てみれば、遠くの方にちらちらと火が見えた。そりゃ暑いはずだわ。 まだかなり距離はあるけど、火が燃え広がるのなんてあっという間だ。あまり時間はない。
方向的には私の区画の反対、つまり本宮や第二妃とその子供達がいる区画の方だ。 そして残念ながら目的の方向もそっちだった。行くしかないけどね!
まだ近くに内通者や暗殺者がいる可能性もないわけではない。ただ、心中覚悟でこの火事の中に残るかというと微妙なところだ。 先程見上げた時も部屋には兄様以外姿が見えなかったので、いない方に賭ける。柱の影とかに隠れてないでおくれよ。
煙をなるべく吸わないように鼻を押さえつつ、大きく息を吸った。
「兄様!!!」
今世では初めてかと思うくらいの大声を出す。手近な扉から順に叩いていくことも忘れない。 いやだって、外から見た部屋がざっくりどの辺なのかは分かるけど、正確には把握してないもので。
順に叩いたうちの一つから、くぐもった声が聞こえた。
「シャーリー!?」
「兄様、そこにいらっしゃるんですね!」
「何故こんなところに!早く逃げなさい!」
兄様の言葉を無視して扉に手をかける。予想通り鍵がかかっているようだ。そうだよね、兄様に逃げられたら困るんだろうし。
がちゃがちゃと音はするものの、壊せるだけの腕力も技術もない。中から聞こえる自分の名前をまるっとスルーして兄様に声をかけた。
「兄様、もうすこしまっていてくださいね」
私は常に自分の命と行動を天秤にかける嫌な奴だが、だからと言って全てを振り捨てて保身に走る気はない。
ここで兄様を見捨てて逃げて生き延びるくらいなら、選択肢を間違えた方がはるかにマシだ!
鍵がどこにあるのか分からない以上、扉を壊すしかあるまい。 だが他の部屋の扉よりもあっさりしているものの、そこそこ頑丈そうだ。五歳児が体当たりしたくらいではどうにもなりそうにない。 扉全部を破壊できなくても、ドアノブを壊せればおそらく扉は開くと思う。
が、廊下に置いてあるのは絵の飾られた額縁や花が飾られた花瓶、その花瓶を置く小さな台くらいでどう見ても扉を壊せそうな物はなかった。 せめて頑丈な椅子でもあればいいのに。
廊下は諦めて別の部屋を探してみるか。
火の手とは逆に進み、取っ手に手をかける。施錠されていたのでがちゃがちゃという耳障りな音がしただけだった。 次の扉はすんなりと開いたものの、中にあったのは重そうな応接用ソファーと華奢な小テーブルだけ。 二人がけのソファーを持ち上げられるわけもなく、諦めて次へ。
ああもう、こうしている間にも火の手がじりじりと迫っているというのに。
次の部屋には使用されていない暖炉があった。暖炉には詰まれた薪と火掻き棒。私は迷わず鉄製の火掻き棒を手に取る。 うん、重い。食器より重いものを持ち上げたことのない幼女にはなかなかずっしりくる重さだ。 ずりずりと火掻き棒を引きずりながら最大速度で元の扉の前に戻る。
炎が先程よりも勢いを増して近付いていた。急がないとこれはまずい。
火掻き棒をふらふらと持ち上げ、ドアノブに向かって勢い良く振り下ろす。がごん!という鈍い音はしたがまだ壊れないのでもう一回。
同じ動作を数回繰り返すと、耐え切れなくなったドアノブがごろりと落ちた。 部屋の中に向かって開くようになっているドアを蹴る。これまた何度も繰り返し足も痛くなってきた頃、掛け金が壊れて扉が開いた。
「うわっとっとっと」
全体重をかけていたので部屋の中に転がり込んでしまったが、多分怪我はない。
そうして顔を上げると、椅子に縛られたままの兄様と目が合った。唖然とした表情から一転、厳しい顔になる。 私は先手を打ってへらりと笑ってみせた。
立ち上がって埃を払い、何事もなかったかのように兄様に近寄る。
「ごぶじですか、兄様」
兄様が監禁されていたのは物置部屋のようだった。 物置とはいえど後宮内の部屋なので他の部屋より少々狭いという程度で、汚れて埃っぽかったり何が置いてあるのか分からないほど山のように荷物が詰まれていたりするわけじゃない。 普段は使用しない予備用の机や椅子、花瓶などが整然と並べられている。
ランプが一つだけある薄暗い部屋。窓際に置かれた椅子の一つに、寝衣のままの兄様が後ろ手に縛られて座っていた。 部屋の中には他に誰も居ない。実行犯が逃げているようで助かった。犯人がいれば私までお陀仏間違いなし。
「ご無事ですか、じゃないよ。何をやっているの」
内心安堵していたら、当然のように怒られた。今日はよく怒られる日だ。いや、自業自得なんだけど。
「兄様をたすけにきたつもりなのですけど……」
「何故そんなことを」
「たまたま外から兄様のすがたがみえたのです」
兄様はその言葉に窓の方を振り返る。おそらく木枠越しに外の様子が見えるはずだ。
あちこちに視線を走らせた後、兄様はこちらに向き直る。
「シャーリーの居住区からは見えないはずだ。どうして出火場所に近い方まできたの」
「兄様がしんぱいだったので」
迷わず答えると、何故か兄様は不可解なものを見るような表情をした。
「心配?」
「かぞくなのだから、しんぱいするでしょう?そんなことより兄様、はやくにげないと」
ここで無駄な押し問答をしている余裕はない。火の手が迫っているのだ。
私は兄様に近寄って縄の結び目を解こうと格闘した。が、固く縛られていてなかなか緩む気配もない。
いっそ切ってしまいたいが、刃物なんて持っているわけがないのでひたすら結び目を動かす。
その様子をしばらく観察していた兄様が、ひとつ息を吐いて声をかけた。
「シャーリー」
「なんですか?にげるなら兄様といっしょですよ?」
先に逃げるなんてしないよ、と言外に伝えると兄様は首を横に振る。
「そうではない。わたしの右足に懐剣があるから使いなさい」
懐剣!?
そんな便利なものがあるならもっと早くに教えてほしかったよ。
失礼します、と声をかけて右のズボンの裾をあげると、ベルトでくくられた懐剣がすぐに見つかる。
しかしよく取り上げられなかったな。
「先に両手を塞がれたからね」
疑問が顔に出ていたのだろう。兄様が親切に答えてくれた。
手さえ封じておけば何も出来ないだろうと放置されたようだ。おかげで刃物が手に入って助かったけど。
でもそれって兄様、寝る時も身につけてるってことだよね。やはり第一王位継承権の持ち主はそれだけ危険ということなんだろう。 私なんて部屋の警備すらゆるゆるだからね。
大変だなあ、と他人事のように考えながら借りた懐剣で縄に切れ目を入れていく。
切れ味はさほど良くない。焦る気持ちを抑えて押し引きを繰り返すと、少しずつ切れてきた。
最後の糸をぷつりと切り終えるまで予想外に時間がかかった気がする。炎は大丈夫だろうか。
「きれましたよ、兄様」
縄を投げ捨てて兄様を立たせ、懐剣を返した。後はさっさと部屋を脱出するだけだ。

 

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