恐怖のお茶会〜the song of aquatic nymph〜 3
「そう思うでしょう、マトヴェイ?」
「はい。そうですね、お嬢様」
カーリーに追従したのは彼女の後ろで荷物を持っていた大柄な青年だ。無論、その荷物はカーリーの荷物である。
大分前に彼女から聞きたくもないのに聞かされた情報によると、名前はマトヴェイ=クージン。年齢はカーリーより一つ下であるが、同学年のBクラスに所属している。
生粋のサラマンディーの民らしいやや浅黒い肌に赤い短髪と朱橙色の瞳を持つ体格の良い青年で、錬金術師というよりは戦士という方がしっくりくる。身のこなしも隙がなく、護衛も兼ねているのだと思われた。ほとんどの場合、無表情で何を考えているのかが分からない。その上無口なのでサラとは接点があろうはずもなかった。
彼は代々カーリーの実家に仕えている一族の出で、留学するカーリーのお供としてついてきたらしい。
不憫な奴、と聞いた時に思ったものだが、サラには全く関係ないのではっきり言ってどうでもよかった。
「あれぇ?なんでフェイテスの机にこんな服があるの?」
サラの机に視線をやったジュリエッタが目ざとく例の黒い上着を見つける。
ほっとけ、とサラは内心考えたが、次のカーリーの言葉に耳を疑った。
「どこかで見たわね、その上着。誰が着ていたのだったかしら……?」
思わずサラとミレアは顔を見合わせる。思わぬ所で思わぬ情報源を捕まえられそうだった。
肩を掴んで揺さぶりながら問い詰めたい衝動を抑えて言葉を選びつつ、カーリーに聞こえるように呟く。
「あーあ、カーリーが分からないなんてね」
素直に尋ねた所で望む返答をしてくれることはまずない相手である。しかし、せっかくの情報をみすみす逃すのは惜しい。
ならば、どうするか。
答えは簡単、相手から言いたくなるように仕向ければいい。サラがさも知っているかのように振舞えば、カーリーは意地でも答えを持ってくるだろう。
はったり、とも言う。
「がっかりだわ。こんなことも知らないなんて」
ついでに挑発しておいた。
「ねえ、ミレア?」
半ばやけくそ気味にミレアも道連れにする。急に話を振られたミレアは一瞬呆けた表情をしてから「え……?あ、そうね」と話の流れを理解して頷いた。
「なんですって?このわたくしが知らないはずないでしょう!」
思惑通り、二人の会話にカーリーは挑発に簡単に乗ってくれる。単純でありがたい限りだ。
カーリーは貴族としての矜持が無駄に高い。そこにつけ込んだわけだ。
サラは知らないが、普段のカーリーは簡単に挑発に乗るようなタイプではない。しかし、サラ達──というかもっぱらサラだけ──を相手にすると冷静さが失われるようであった。
「別に見栄をはらなくて良いのよ。こんなこと、知ってる人だけが知っていればいいんだから」
これはある意味サラの本心である。ただし、カーリーにとっては聞き捨てならない言葉でもあった。
「ちょっと貸しなさい」
許可を得ることなくサラの机から上着をひったくる。興味深そうにジュリエッタも後ろから覗き込んだ。カーリーはかまわず生地や袖、裏地などをチェックする。そうこうするうちに名前の縫い取りに気がついたようだった。
「J.A……。ああ、そうそう。ジン=アッシュールが先月この服を着ているのを見かけたわ」
「ジン=アッシュール?」
ミレアが口の中で小さく呟くが、誰も聞いていない。
一方のカーリーは勝ち誇ったようにサラに言い放った。
「このわたくしにかかればこんなものすぐに分かるのよ。どう?思い知ったかしら」
「あー、はいはい。そうですねー」
軽く受け流されて、カーリーは苛立った様子を見せる。
しかし、知りたかった情報を得てもうこの二人に付き合う気がないサラは何か言われる前に席を立った。
「悪かったわね、今どけるわ」
先の会話中に荷物は全てまとめてある。これ以上ここにいても良いことはなさそうだ。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
優雅に一礼して荷物を持ち、ミレアと共に新しい席へ移動する。後ろで「ちょっと、待ちなさい!」などと騒ぐ声が聞こえていたけれど、聞こえなかったことにした。
「いやー、意外な所で分かったわね。ラッキー」
「うん、けど……」
「けど?」
歯切れの悪いミレアに問いかける。
「……ジン=アッシュールって、あのジンって人じゃない?」
躊躇いがちな台詞に、サラは首を傾げた。
「どのジン?」
荷解きの手を休めて考える。ミレアがじれったそうに眉根を寄せた。
「ほら、この間言ったでしょ?屋上の鍵を壊したってウワサの……」
「えーっと……?」
目線を彷徨わせて記憶の糸を辿る。
「ああ、Sクラスだけど乱暴らしいとかいう?」
しばらく唸ってやっと思い出した。ミレアはゆっくりと頷く。
「あー、じゃ、行ってくるわ。5年のSクラスよね?借りっぱなしっていうのは私の性に合わないのよ」
「えっ、ちょっと、サラ!」
ミレアが慌てて止めようとするも、時既に遅し。サラは5−Sクラスに向かってしまっていた。思わず頭を抱え、結局追いかけずに残ることにする。追いかけた所で何が出来る訳でもないし、結果を知るなら戻ってきたサラに尋ねれば良いのだ。そう結論付け、ミレアは自分の研究の準備を始めた。
そして勢い込んで5−Sクラスに行ったサラはというと、いきなり空振っていた。
今年の5−Sクラスは3人いる。教室内に2人しかいなかったので尋ねてみると、ジン=アッシュールがこのSクラスに所属しているというのは正しい情報だと教えてくれた。ただあいにくと今は不在らしい。教室にいた2人も行き先は知らないそうだ。
「くそう、待ってろジン=アッシュール」
悔し紛れに呟く。行くべき場所のあてがなくなったサラの行き先は……最終的に屋上になった。
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