恐怖のお茶会〜the song of aquatic nymph〜 2
一方その頃、サラは非常に悩んでいた。
視線の先には一着の服がある。正確に述べるなら、黒くて明らかにサラのサイズより大きい男性用の上着だ。
これが何故サラの目の前にあるかというと……。
分からないのである。いや、目の前にある理由は分かる。サラが自分で持ってきたのだから。
分からないのはどうして
男性用の上着
こんなもの
がサラにかけられていたのか、ということだ。
この上着は先日、昼寝──本人いわくふて寝をしていた時にいつの間にかかけられていたのである。
屋上で寝ていたのだから、必然的に屋上に入れる人物となるわけで、すぐに絞り込めそうなものではあるが……。
実際問題、サラには心当たりがない。
少なくとも直接的な知り合いでないのは確かだ。研究院内におけるサラの知り合いなど限られているし、その中で屋上に入れる人物となるとミレアくらいしかいない。
多分……というよりまず間違いなくミレアではないだろうが、と思って一応尋ねたところ、
「何で私がわざわざふて寝しに行った奴に男物の上着をかけてあげなきゃいけないのよ」
と、冷たく返答された。ごもっとも、と思ったがミレアも言うことがきつい。
気を取り直してミレアの知り合いに心当たりがないかと問うと、しばらく考えた末に「きっと私の知り合いにはいないと思う」とあっさり言われた。
これですっかり行き詰ってしまったのだ。
実は一つだけ手がかりがないこともない。黒地の上着の内側に銀糸で「J.A」と縫い取りがしてあった、のだが。
「そんなもんでどうやって探せっていうのよ……」
イニシャル「J.A」だけではどうしようもない。
全校生徒をしらみつぶしに探せばあるいは何とかなるかもしれないが、そこまでしたいとは決して思わないサラである。だが、他人に借りを作ったままにしておきたくない。
上着を前に悩んでいると、ミレアがやってきた。
「あれ?サラってばまだ悩んでたの?」
両手一杯に錬金術の道具──ビーカーやフラスコ等から色とりどりの様々な薬品、トンカチまで様々──を持っている。サラは首を傾げた。
「ミレアこそ、そんなに荷物持ってどうしたの?」
問われてミレアは呆れた顔をする。
「どうって、今日は机の移動の日でしょ?移動させなきゃ次の人に迷惑じゃない」
一瞬の沈黙。
そして。
「あーっ!?うっそ、今日だったっけ?私も移動させなきゃ!」
王立研究院には教室のほかに実験用の研究室がある。生徒は一年の初めに割り当てられた研究室でその一年実験をするのだ。この研究室内では定期的に生徒の使用する場所を移動させている。
通常、同じ実験を行った際には同じ結果が出ることを求められる。しかし稀に全く同様の実験を行っているのに別の結果が出ることがある。環境要因であったり、時間であったりと原因は様々だ。使用場所の移動はこの環境要因のうち、日当たりや風通しによる変化を理解し、経験するためだといわれている。が、サラは単なる不正防止ではないかと勘繰っていた。
なお、一部屋に割り当てられる人数はクラスによって異なる。大体の場合はSクラスなら1〜5人、Aクラスなら5〜10人、というように下に行くにしたがって使用人数が増えていく。
サラは3年なのでSクラスはない。Aクラスが1つ、BCDクラスがそれぞれ2つずつ、Eクラスが3つだ。学年によってクラスの割合は異なり、優秀な学年はAクラスが2つだったこともあるというが、通常は上に行くにしたがって人数・クラス数が減っていく。
サラとミレアの所属する3年のAクラスは2人を入れて8人のクラスであり、3階の31研究室を使用している。
今、サラは自分の机に座っていたのだが、今日が移動日だったことをすっかり忘れ果てていた。慌てて荷物を片付けていると、横合いから好意的とは言い難い声がする。
「あーら、まさかまだ荷物すら片付けていない人がいたの?」
「何それ?ありえなーい。何年
研究院
ココ
にいるのかな?」
声を聞いた途端、サラは思いっきり顔をしかめた。ミレアでさえも眉間にしわを寄せる。
「早く移動させてくださらない?サラスヴァーテ=ラケシス=フェイテス」
声の主は見た目だけならかなりの美人だった。
カーリー=アッカ=ラーレンティア。
サラと同じく貴族の出身で、けれど黄土色の髪は短い。紫に近い青の瞳は神秘的ですらあるが、今は冷たい光を放っている。右目の下にある泣きぼくろが印象的な、きつい顔立ちの女性であった。
「ミレア=フリーティンク。貴女もね」
棘をはらんだ別の声が続く。こちらの女性はジュリエッタ=ヤヴァンナ=オーチャード。
ミレアの出身国ドリューアの貴族の娘で、こちらも髪はカーリーと同じかやや長い程度だ。黒に近い青の髪と藍色の瞳を持つ、カーリーとは異なるタイプの美人である。
「非常に不本意ではあるけれど、わたくしの次の場所はここなのよ。このわたくしがあなたの後なんてふざけているとは思うけれど、まあ仕方ないものね」
高飛車に言い放つカーリー。
私だって決まりとはいえあんたに私の場所を明け渡すのは非常に不本意だ、と思いながらもサラはにっこり笑って受け応えた。だが多少口元が引きつっている上に、いつもより声がワントーン高い。
「それはごめんなさいね。少し考え事をしていたものだから。今すぐどけるわ」
言葉遣いが普段と違うのは、不快さを表に出さないため……だったのだけれど。
「わたくしのような荷物持ちくらい、貴女も連れてくればよろしいのに。実家はさぞかしお金持ちなのでしょう?」
嫌味ったらしいカーリーの言葉に、もう少しの所で反応しそうになる。
基本的にサラは喧嘩っ早いが、今回は自分に非があるので大人しくしているというのに……。どこまでも他人の神経を逆撫でする女だな、とサラは内心舌打ちする。
あるいは、わざと怒らせようとしているのか。ライバル視するのは当人の勝手だが、いちいち突っかかってくるのは勘弁して欲しい。怒るのもケンカするのもエネルギーが必要なのだ。
切実に思うサラであったが、その態度が相手を更に怒らせているとは考えない辺りが彼女らしいといえば彼女らしい。
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