「……あー、もう!イラつくったら!」
実験用のビーカーを多少手荒に机に置いて、サラは椅子にどっかりと腰を下ろした。
エセルと軽く昼食をとった後、研究院の中である。
今の時間は課題提出用の品を作るための時間だ。サラの他に何人もの生徒が同じ部屋で調合をしている。
課題用の時間といってもサラは既に完成させて提出しており、本来ならばここにいる必要はない。単純に新しい錬金術の研究をしたかっただけである。
普段ならばさほど苦労せずとも研究に集中できるのだが……。
今日に限っては上手く集中できなかった。近くで実験していたミレアが近寄ってくる。
「どうしたの、サラ?珍しいじゃない」
心配半分、好奇心半分、といった態度で問いかけられた。
ちなみに彼女も課題は既に提出済みだ。
「あー、ちょっとねー。もう今日は無理かなー」
錬金術の調合には細心の注意が必要となる。少しの分量の差で効力が変わったり、最悪の場合は正反対の効果になったりする。場合によっては全く違うものが出来てしまうことすらありえるのだ。それ故に面白いとサラは思っているのだが、それも時と場合による。
「そうだね。今日はこのくらいにしておいたら?」
調合の中には危険を伴うものも少なからずある。
誤って爆発させた日には目も当てられない。
それは錬金術を少しでもかじったことのある人間ならよく理解していることであり、だからこそミレアも休息を勧めたのだ。
「でも、サラがそんなに引くことっていうと……あの美人な従妹さん絡み?」
そう長い付き合いではないが、ミレアはサラの性格をかなり理解している。
基本的にサラはさっぱりした性格で、何かを後々まで気にすることはしないタイプだ。
……ただし、その場の勢いはかなり凄かったりもするが。
ともかく、彼女が一番気にかけている事柄は──ミレアいわく“美人な従妹”の──エセルのことなのだ。
複雑な事情の一端を、ミレアは聞いたことがある。
そのため、サラが不機嫌そうに頷いたのを見て容易に納得できた。
だからといって詳しい説明を求めようと思わない訳でもない。内情を詳細に根掘り葉掘り聞くつもりはないが、さわりだけでも聞いておけば対処しやすい。
「何かあったの?えっと……エセルさん」
本人とは数えるほどしか会ったことがないが、名前だけはサラからよく聞いている。
「……今は直接エセルに何かあった訳じゃないんだけど」
サラにしては珍しく歯切れが悪い。急かさずにミレアは黙って聞いていた。
「何もない訳じゃないというか……」
しばらく「うーん」と唸って立ち上がる。
「ごめん、今は私からはなんとも」
もしかするとサラ自身もまだ整理が出来ていないのかもしれない。そう、と頷いた。
「どうせこれで終わりよね。次の授業までまだ時間もあるし」
机の上を片付け始めたサラに、ミレアが訝しげに声をかける。
「どうするの?」
問われてサラは顔を上げた。はっきりと、一言だけ口に出す。
「ふて寝」
「……了解」
ミレアは肩をすくめて自分の使用していた机に戻っていった。
扉をノックする。正確には分厚い扉についた訪問者用のノッカーを、三度叩いた。
王宮内の魔導師棟、その一番奥。
そこにエセルの義理の伯母──イグレーヌに与えられた研究室がある。
しばらく待つと、内側から鍵の開く音がした。
「入っていらっしゃい、エセル」
声はすれども、近くに本人の姿は見えない。
何らかの仕掛けがあるのは確かだが、今のエセルにはどういう仕組みなのかまでは分からなかった。いつものことなので、ひとまず自分で扉を開けて伯母がいると思われる奥の部屋に向かう。
奥に続く扉の一つが開け放たれていた。
「……伯母様?」
顔を覗かせると、椅子に座って書類を読んでいるイグレーヌの姿が目に入る。机には周囲の本棚から引き抜いてきたのであろう本や、何がしかの書類の束などが積まれていた。
部屋の主は声に反応してようやく顔を上げる。
「悪かったわね、エセル」
「いいえ、お気になさらないでください」
首を振って伯母の前に移動した。エセルの腕の中には箱が一つ。片手で抱え込める程度の大きさだが、ずっしりと重い。
「ありがとう。ここにおいてちょうだい」
イグレーヌが机の上から紙の束を除けて場所を空ける。エセルは他の書類に引っ掛けないよう注意しながら箱を置いた。
「助かったわ。でも重かったでしょう?」
言いながらイグレーヌは箱の蓋を開ける。
中には大人の握り拳くらいの石がいくつも入っていた。石の種類は多岐に渡り、紅玉や青玉などの貴石もあれば、紫水晶や菫青石などの半貴石もある。
「大丈夫です。たいして距離もなかったですし」
エセルは首を振って答えた。
イグレーヌは石の一つを無造作に取り出す──藍玉だ。
透き通った青緑色が部屋の明かりを反射して美しく輝く。
「ふむ、相変わらず良い石を送ってくるわ」
藍玉を検分しながら呟いた。箱の中にあった石はどれもこれも一級品だ。
「これなら申し分ないわね」
満足そうに頷いて、藍玉を握り締める。
握った右手の周りに魔力が集まっているのがエセルには分かった。集められた魔力が、一瞬にして手の中の藍玉に封じられる。
これで『護り石』の完成だ。
何度も見た光景だが、その度に驚きを禁じえない。いかにも簡単そうに、片手間に行っているけれども、実行者がイグレーヌでなければこんなに手早く護り石を作ることなどできないだろう。
伯母はそれをエセルに手渡す。
「はい、これ。お礼ね」
クロヌス国内随一の実力者が造った護り石である。
市場に売り出せば最低でも一般の家庭が家族4人何もせずに一ヶ月は遊んで暮らせるくらいの値段がつく。
しかしエセルは臆することなくにっこりと笑って受け取った。
「ありがとうございます」
最初は遠慮していたのだが、結局いつも最後には受け取ってしまうため腹を括ることにしたのだ。それでもたまには多少の抵抗もする。
「でも伯母様、これも頼まれた品物でしょう?本当に良いんですか?」
言うと、イグレーヌは優しげな薄茶の瞳を細めてころころと笑った。
「別にかまわないわよ。途中で割れてしまう石だって少なくないのだもの」
確かにその言葉通り、力を込める過程で割れてしまう石は少なからず存在する。そもそもの石の性質だったり、力の込めすぎだったりと理由は様々だ。
ただし、腕の良い伯母がそういうミスをすることはごく稀であるとエセルは知っている。
「ま、腕が良すぎると思われるのも何かと面倒だからねえ」
イグレーヌは悪戯っぽく微笑む。既に四十代も半ばを過ぎているはずなのだが、笑うとかなり若く見える。もっとも、普段から相当若々しい人物ではあった。
「さ、用事はこれで終わりだから帰って良いわよ、エセル」
伯母の言葉に、エセルは一礼する。
「伯母様、それではこれで失礼します」
背を向けたエセルを見て、イグレーヌは一瞬目を細めた。後ろを向いていたエセルは当然それに気付かない。
部屋を出ようとする姪に対し、一言だけ言葉を投げた。
「エセル、今日は“水”に縁がありそうよ」
「え?」
聞き返すも、伯母は「じゃあね」と会話を打ち切って書類に目を通し始めてしまう。エセルは首を傾げつつ、王宮内最高の実力を持つ王宮魔術師の部屋を後にした。
この言葉に後々感心することを、彼女はまだ知らない。
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