謎の人現る〜sleeping beauty〜 2

 

次に、クルアーンからの贈り物を開ける。
中には小さな銀の羽根飾りのついた首飾りが入っていた。
「まぁ、かわいい!」
エセルが喜ぶとラーイが、
「ま、クルーのセンスも悪くないかもね」
肩をすくめながら呟く。素直じゃないわね、とエセルは軽くふきだした。彼女の様子にラーイは憮然とする。
だが、その表情もエセルの次の言葉によって跡形もなく消え去った。
「ありがとう。素敵な贈り物で、本当に嬉しいわ」
一転して目を泳がせる。
「でも、こんな高価そうな物をいただいてもわたしには何もお返しできないし、心苦しいわね。しかも七賢者の方々からだし……」
目を伏せるエセルに、ラーイはあっさりと返した。
「そんなこと別に気にしなくていいよ」
口の端を軽く吊り上げながら言葉を続ける。
「これは七賢者じゃなくて一人の『ライムトーリ』と『クルアーン』からだから。それに、そこまで高い代物じゃないしね。素直に受け取っておけば?」
高い品ではないというのは嘘であろう。あまり目が利くわけではないが、少なくともこれらの品がその辺の市場で売っている玩具と紙一重な品物でないことくらいは分かる。
しかし、いつもの口調で彼女が気にしすぎないように言ってくれたラーイの心配りが嬉しかった。
「……そうね。せっかくですもの、ありがたく頂いておくわ」
贈られた品々を鞄にしまいつつ、ふと思い至って疑問をぶつける。
「そういえば、七賢者の方々ってどうやって生活しているの?」
この品物もそうだが、普段の生活費はどこから出ているのだろう。王都内でも有数の高級宿である黄竜亭の一室に長期滞在し、なおかつこんな品をぽんと買えるほどの金を持ち合わせているのだ。何らかの手段で稼いでいるのかとも推測できるが、クルアーンにしろライムトーリにしろそういう生活臭とは無縁であるように思えてならない。前から気になっていたのだが、機会がなかったので訊けなかったのだ。
七賢者の存在を知らない者はいないというくらい有名であるが、その実態はほとんど知られていない。彼らの実名すら世間にはほとんど知られていなかったりもする。知っているのはよほどの七賢者フリークか研究者、位の高い王侯貴族くらいだろう。実際、魔術を学んでいるエセルですら本人に名前を聞いてもすぐには分からなかった。
七賢者の中で多少なりとも知られているのは長い間賢者を務めている“エーテル”のクルアーン=タナトス、それに“水”のセイクリード=フレイ辺りか。
彼らにしてもせいぜい名前と性別、出身国が知られている、といった程度だ。そのくらい七賢者というのは謎の多い存在なのである。
「うーん。実はオレもよく知らないんだよね。普段の金は月に一回、知らないオジさん達から手渡されてるんだけど。オレも気になってたし、今度クルーに聞いてみようかな」
現役の賢者であるラーイも知らないらしい。
ますます謎が増えてしまった。
これ以上尋ねても分からないだろうと判断し、エセルは別の話題に移ることにする。
「ねぇ、ラーイの誕生日っていつなの?」
急に話題が変わってラーイは多少面食らった様子だったが、
「風の宮第2風の日だけど?」
一応答えた。
「あら、風だけなのね。それとも、だから“風”の賢者なのかしら」
さあ、とラーイは肩をすくめる。
「必然なのか偶然なのかは知らないけど、クルーの誕生日もエーテルの月第8エーテルの日だよ、確か」
「まぁ、そうなの……。ありがとう」
期せずしてクルアーンの誕生日も知ることが出来て、エセルは喜んだ。彼らの誕生日には自分も贈り物をしようと心に決める。
その後も少し他愛ない話をして、それから……。
「……ル、ちょっと、エセル!人の話聞いてる?」
エセルはふと我に返った。どうやら自分の世界に入っていたらしく、サラが眉をひそめている。
「またハマってたわね?」
ため息を吐かれてしまった。
「ごめんなさい。ええと……」
「ま、いいわ。あんたの性格は分かってるから」
サラは自分で持ってきたコーヒーを飲んで肩をすくめる。
「それで、伯母様達からは何をいただいたの?」
疑問に思ったらしく、突っ込んで尋ねられた。
「伯母様からは服をいただいたの。公式の場でも着られるような」
「へえ、大式典のためかしらね」
エセルは頷く。
「多分ね」
一応貴族として名を連ねている以上、エセルとて公式の場に着ていける服くらい持っている。ただしそれはあくまで貴族の令嬢としてのものだ。王宮魔術師見習いとしてのドレスコードとは異なる。
師匠せんせいからは腕輪を」
「……流石ね、ラウル様。いくらなんでもそのリストバンドのままじゃマズイものね」
器用に片眉だけを動かして、サラが言った。
普段エセルは右手首にリストバンドを着けている。愛用の品だが、公の場で着用するには相応しくない。その代わりに使えということなのだろう。
「ええ……。こればかりは、ね」
エセルは自らの右手首を見た。
右の手首の内側、今は隠れていて見えないその場所に消えない傷痕がある。それを隠すためのリストバンドだ。
思い出したくない記憶がよぎりそうになる。無意識のうちに目を伏せて唇を噛んでいたエセルに、サラから声がかかった。
「大丈夫よ、エセル。少なくとも私とあんたは血族なんだから。胸を張りなさい」
力強い言葉に、今までどれだけ助けられてきただろう。
「……ええ、分かってるわ。頼もしい従姉妹たちには、かなわないわね」
サラの姉妹も昔から同じように叱咤激励してくれていた。
ぎこちないながらも微笑を返すエセルに、サラは頷く。
今は思い出すべき時ではない。
少なくとも今はまだ。

 

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