謎の人現る〜sleeping beauty〜 4
たゆたうような心地よさの中で、サラはこれが夢だと自覚していた。
夢の中、サラは17歳だった。
その年、ワルキリエでは式典があり、国中が賑やかだったことを覚えている。
特にサラの住んでいた王都オーディエでは都市全体が華やかな空気で、常に祭りのようであった。サラの家も例外ではなく、いつになく家中が明るい雰囲気に包まれていた。
そんな折、サラは何とはなしに祖父と母との会話を聞いていたのだ。
「今年は本当に賑やかですわね、お義父さま」
母が楽しげに言う。サラとよく似た薄い金色の髪をふわりと後ろで束ねており、育ちのよさをあらわすような柔らかな笑みを浮かべていた。
「そうさな。今年は第二王子の生誕二十年でもある」
祖父の言葉に、母が少しだけ声を潜める。
「第二王子がそうなら、確か第三王子も……」
言う内に、明るい灰色の瞳が見る間に翳っていった。
ワルキリエの現王には正妃の他に何人かの愛妾がいる。第一王子と第二王子は正妃の子で、王位継承権にはなんら問題はない。
ただ、第三王子は事情が異なる。
彼は第二王子と同い年であるが、妾腹である。それだけならば珍しくない、よくある事象だ。正妃が急死するなどしない限り、さしたる問題にはならなかったはずであった。
だが現実はそう上手くいかない。
その理由は彼の身体的特徴にあった。第三王子の髪の色は灰銀、瞳の色は鈍く光る鬱金色。
彼はエーテルに縁のある者だった。
金色の瞳を見れば、彼にエーテルの力がある事は一目瞭然であり、それが問題となってしまう。
金色は“土”気の黄色、“金”気の白、“エーテル”の光の色から成っている。
この世界でエーテルの力を持ち、それが外見に表れる者は珍しい。だからこそ、彼を利用しようとする輩が多く現れた。
あと二ヶ月ほどで第三王子は二十歳になるが、暗殺未遂事件も数え切れないほどあった。
ゆるゆるとサラは思い出す。
成長し、立場が微妙になるにつれて第三王子の評判は低下していった。
それでついには式典の翌年、中央の国クロヌスの研究院に留学したのだ。
見聞を広め、他国の文化に触れるため、という名目だったと思う。
けれど、街では様々な憶測が飛び交った。
あまりに国内の評判が悪くなったので国内にいられなくなった。
評判が悪くなったのは実は正妃の差し金で、身の危険を感じたから国外に逃亡した。
こんな下らない争いに嫌気が差して国を出た。
純粋に錬金術の勉強がしたかった。
他にも色々な噂が耳に入ってきた。真実は知る由もないが、しばらく話題に上ったのは事実だ。
大体において、第三王子の姿を直接見た人物は少ない。公式の場に出るのは主に第一王子であり、第二王子ですら見かけることは稀である。第三王子以降の王子王女はほとんど顔を見せることがなかった。
それがまた噂に拍車をかけたのだろう。
サラ自身も姿は一切見たことがなかった。父は王宮に伺候しているものの、家族ぐるみで王族と付き合うような上流貴族ではない。
名前ぐらいは何度か聞いたはずなのだが、どうしても思い出すことが出来なかった。
「ねえ、ラーイ」
エセルは太陽神の広場でラーイと会っていた。暖かい日差しの中、木造のベンチに二人並んで座っている。
ラーイはここに来る途中で買った飲み物に口をつけながら、目線だけで先を促した。
「わたし、思ったのだけど……」
一旦言葉を区切る。
「七賢者も人間だったのね」
いきなりの言葉にラーイは思わずむせた。
エセルは驚いて背中をさする。
「だ、大丈夫?」
「……大丈夫だけどさぁ。アンタ、人のこと何だと思ってたの?」
激しく咳き込んだせいでやや涙目の少年に問われ、少し悩んだ。
「何って……七賢者っていうくらいだからもっと厳格で、年を取ってたりして、気難しい人達なのかと思っていたんだけど、そうでもないのよね」
ラーイは口の端で笑う。
「クルーは割と厳格で、年寄りで、気難しいけどね」
聞こえないように呟いた。
「え?」
聞き返すと「なんでもないよ」と返される。
首を傾げつつも、別の話題を振った。
「そういえば、わたし気になっていた事があるの」
「……今度は何?」
ラーイはやや投げやりな反応だ。
「七賢者は式典の開催年に限り、王都に入った時には王宮に報告する義務があるはずでしょう?」
さらに言えば近隣の街に立ち寄った時点で、「いついつ頃には王都に着きます」という報告の義務がある。王宮は常に賓客を迎えられるようにしているが、それでも準備が必要だ。
特に七賢者ともなれば国王との謁見の場や会食の席が設けられるのが一般的である。その下準備に時間がかかるため、事前連絡は必要不可欠なのだ。けれど、七賢者のお世話係として任じられたエセルの耳にも七賢者からの報告は一つも入っていない。
義務とはいうものの、強制力はないに等しい。だから報告をしない者もいるのだ、という話は聞いたことがある。それが何故なのか、エセルには分からなかった。
「それなのに、何故報告をしないの?」
もっともな質問に“風”の賢者はまずい、という顔をした。
「えーっと、ね。それは……」
視線を逸らしてラーイは口ごもる。
「それはね」
急に聞き覚えのない声が会話に割り込んできた。
吃驚してエセルとラーイは声のした後ろを振り返る。
「クルアーンが実は王宮嫌いだからだよ」
玲瓏な声の主は一人の青年だった。
年の頃は二十台半ば辺り。クロヌスでは珍しい肩につくかどうかという長さの漆黒の髪に、ほとんど黒と見まがうような濃紺の瞳の美青年である。薄手の外套の下にはローブを着ており、いかにも旅の魔導師らしい格好をしていた。
一瞬訝しげな表情をした後、ラーイが「あっ……!」と声を上げる。何かを閃いたらしかった。エセルが尋ねる前に勢いよく立ち上がる。
「アンタは……セイクリード=フレイ!!」
セイクリード=フレイ。
その名をエセルも知っている。
「えっ、それって、じゃあ、もしかして……!」
驚いた様子の二人に満足したようにセイクリードは微笑んだ。
そのままエセルに自己紹介する。
「こんにちは、お嬢さん。どうも、僕が“水”の賢者セイクリード=フレイです」
と……。
自分の好きなように世界を知るがいい。
世界は常に昼の側と夜の側とを持っているだろう。
(ゲーテ)
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