待ち合わせによく使うカフェテラスの一席に、エセルは座っていた。
「エーセル」
振り返らずとも分かる。声の主はサラだ。
「待った?」
サラが湯気の立ち上るコーヒーを置いて、エセルの正面の椅子に座る。
「いいえ、今来た所よ」
腕時計に目を走らせながら答えた。それに目を留めてサラが笑う。
「ああ、それ、つけてくれてるんだ」
銀色の鎖に小さな時計がついたあまり見ない品である。それもそのはずで、これはサラが錬金術で造った品なのだ。
魔術と錬金術を組み合わせた半永久的に動く時計で、かなり手の込んだ代物となっている。
柔らかな雰囲気のエセルに似合う華奢なデザインだ。
「それはもちろん。ありがたく使わせてもらってるわ」
実はこの時計はサラからの誕生日の贈り物なのであった。
三週間前のエセルの誕生日――木の宮第2水の日に渡したのだ。
サラはふっふっふ、と笑って従妹の首元を見る。
「それはそうと、その首飾り、よく似合ってるじゃない」
「え……?」
「それに、時々つけてるその髪留めもね」
エセルは銀細工の羽根の飾りのついた首飾りと緑色の石――孔雀石だろうか──のついた黒い髪留めを、しばらく前から頻繁に身につけていた。
「ずいぶん良い趣味じゃない。ラウル様とかイグレーヌ様からいただいたの?」
「いいえ、違うの。これは……」
一瞬、間が空く。
「知り合いからもらったのよ」
どう答えようか迷って、無難に返答した。
「ふうん、ま、いいけどね。知り合いって、両方とも男?」
サラがにやりと笑う。
「どうして?」
「ただの知り合いからもらった物をつけるなんて珍しいから気になっただけ。で、どうなの?」
はぐらかすだけでは追求から逃れられないと経験上よく知っているため、観念して答えた。
「両方とも、性別としては男よ」
首飾りはクルアーン、髪留めはラーイからの贈り物である。
これを贈られた時のラーイの様子を思い出して、エセルはくすりと笑った。
誕生日の翌日、たまたまラーイに会ったのだ。
「どうしたの、これ?すっごい細工」
腕時計に気付いたラーイがじっと見つめる。
「昨日、従姉からもらったの」
「昨日?なんかあったの?」
聞き返され、何の気なしに頷いた。
「ええ、誕生日だったから」
返答に驚いたように目をしばたかせる。重ねて問いかけられた。
「アンタの?」
さらに頷く。
「何歳になったの?」
女性に尋ねるのは非常に不躾な質問であるが、エセルは気にせず流した。
「22だけど……?そういえば、ラーイっていくつなの?」
ふと気になって逆に聞き返す。
途端、ラーイは不機嫌そうに顔をしかめて沈黙した。
聞かれたくないことだったのだろうか。それならば無理に答える必要はないとエセルが口を開こうとした時、ぼそっと答えが返ってきた。
「…………17」
「えっ……!」
ラーイはどう見ても12、3歳くらいにしか見えない。
訝しく思っていると、肩をすくめながら言われた。
「七賢者はさ、時の流れが違うんだよ。オレは5年前、12の時に賢者になったから外見はこんなもんなわけ。クルーなんかあれでも数百年は生きてるはずだしね」
長命だった前代の風の賢者はそれ以上生きたらしい。
話を聞いて、疑問が一つ解けた。この少年にしか見えない“風”の賢者が時折見せる外見とは合わない仕草は、そのせいだったのだろう。
その日はラーイが「クルーの買い物があるから」とすぐに別れた。翌日また会おう、と約束して。
そして次の日、小さな包みをもらったのだ。
「はい、これ。オレとクルーから」
手渡され、驚いてラーイを見る。
ラーイはおそらく照れているのだろう。少しばつが悪そうに早口でまくしたてた。
「昨日あれからクルーに会ってさ。アンタが前の日に誕生日だったって言ったら怒られたんだ。『だいたいお前は前の時も女性に荷物を持たせたまま勝手に巻き込んだだろう。迷惑をかけた侘びと礼を兼ねて何か贈れ』とか言われちゃって、まあそれも良いかなと思ったから遅くなったけど一応誕生日プレゼント。たいした物じゃないけど、こっちがオレからで、これがクルーから」
最後は品物を指差す。
「あと、クルーがおめでとうってさ」
嬉しさに思わず破顔一笑して礼を言った。
「ありがとう。嬉しいわ」
彼女の反応にラーイの頬がかすかに赤く染まったが、エセルは気付かない。
エセルにしてみればごく普通の行為であったが、ラーイは普段無愛想なクルアーンと行動しているために素直な反応が新鮮に映ったのだ、とは知る由もなかった。
「開けてみてもいいかしら?」
「……っああ、うん」
ラーイの動揺をよそに、包みを開ける。どちらからにしようか悩んだが、まずはラーイの包みからにした。
開けてみて、エセルは息を呑む。
美しい細工の髪飾りであった。黒い皮に細工がされており、真ん中には大振りの孔雀石が輝いている。
「すごい……綺麗ね。この石、ラーイの瞳と同じ色だわ」
「ああ、そうかもね」
エセルの朱色の髪に合うと思って買った物であったが、言われてみれば確かにそうかもしれない。
今日のラーイは髪の色しか変えておらず、瞳の色はそのまま──マラカイトグリーンのままだ。宿の近所なので、わざわざ変えてこなかったらしい。たしかに瞳の色くらいなら、髪よりは目立たないだろう。
エセルは髪飾りの石とラーイの瞳を交互に見て微笑んだ。
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