衝撃の事実〜a shocking remark〜 3

 

エセルとラーイは『黄竜亭』の客室フロアを歩いていた。
「503号室……っと」
ラーイは自分の部屋の前に立つと、大きく深呼吸する。
息を吐き、覚悟を決めたようにドアをノックした。
エセルはその様子を大人しく見守っている。
ノックから少しして、部屋の中から声が返ってきた。
「はい?」
「オレ。ラーイだけど」
一瞬の沈黙。そして。
勢いよく扉が開いた。
「今何時だと思っている!」
一喝を受けて、ラーイが一歩下がる。
エセルもかなり驚いた。相手の声と姿、両方に。
想像していたのと全く違う。
年齢は……よく分からないが20代半ば過ぎだろうか。
かなり背が高い。エセルも女性としてはそれなりに身長があるが、それより更に頭半分くらいは高いだろう。
だが、何よりも印象的なのは顔だ。
整っていて、一分の隙もない。まさに完璧という言葉が相応しい、とエセルは思った。というより他の感想が思い浮かばない。
男性が驚きの表情を浮かべるエセルに気付く。
ラーイが慌てて説明をしようとした。
「ちょ、ちょっとクルー。話を聞いてくれない?」
クルー、と呼ばれた青年はラーイを見て、もう一度エセルを見る。
「……分かった。中に入れ。貴女も、どうぞ」
ため息を吐きつつ、二人を招き入れた。
エセルは遠慮しようとしたのだが、口を開く前にラーイに手を引かれて室内に入れられてしまう。
「アンタ、今帰ろうと思ったろ。頼むからもうちょっと付き合ってよ」
青年に聞こえないよう囁かれた。
ここまできたら付き合うしかない。かすかに頷いたエセルに、ラーイは満足そうに笑った。
二人がソファに座るのを確認して、部屋の主は自分も悠然と正面の椅子に腰掛ける。
「すみません、ライムトーリが何かご迷惑をおかけしましたか」
開口一番、エセルを見ながら言った。
ラーイは口をとがらせる。
「別に何もしてないってば」
ちらりとエセルに視線を寄越し『何も言わないでよ』と釘を刺しつつ、
「オレがガラの悪い奴に脅されてた所に通りがかって、助けてくれたんだ」
平然と嘯いた。
間髪いれずに「嘘をつくな」と反論が来る。
「お前が黙って脅されるような大人しい奴じゃないことは俺がよく知っている」
「本当だって。騒ぎを起こすなって言ったのはアンタじゃん」
そこでラーイはエセルに向かって「ねえ?」と同意を求めてきた。
「え、えぇ。そうね」
エセルの返事はややぎこちない。いや、嘘は吐いていないのだ。何故そうなったか、という原因を省いただけで。
完全には納得していない様子だったが、目の前の青年は頭を下げた。
「そうですか。それは……ありがとうございます。ええと……」
言いよどんだ青年に、エセルはまだ自分が名乗っていないことに気付く。
「エステル=グリーブです」
「グリーブさん。申し遅れましたが、俺はライムトーリの保護者のクルアーン=タナトスです」
「え……?」
一瞬、何かが引っかかった。
何か……そう、名前だ。
名が二つしかないというのもそうだが、エセルも本名全てを名乗ったわけではないし、大して問題でもない。それ以上に違和感が残るのが「クルアーン」という名前そのものだ。名前は出身国を表すため、一番最後の字には通常何かしらの母音を使用している。けれど彼は「ン」で止めた。これが本名ならば驚くべきことだ。何故なら、それは王族のみに許される名前だからである。むろん、普通に考えれば名乗ったのは通称名なのだろう。
しかし、名前自体も最近どこかで耳にしたような気がする。果たしてどこで聞いたのだったか…。
「何か?」
訝しげに問われ、エセルははっと我に返った。
「あ、いえ。何でもありません」
言葉を濁し、話題を変える。
「お二人は、観光でいらしたんですか?」
きらきら光る黒髪のクルアーンは、視線を横に座るラーイに移した。
「言わなかったのか?」
「あー、訊かれなかったし、言う暇もなかったんだよ」
前半は本当だが、後半は嘘である。
言おうと思えばいくらでも言うタイミングはあったはずだ。
すっと目を細めたクルアーンに、ラーイは言い募る。
「いやだって正体をバラすなってアンタ言ってただろ?信じてもらえないかもだし。オレだって気をつけて…」
必死の言い訳に、クルアーンはため息を吐いた。
「まあ、いい。それを憶えていただけでも良しとしておいてやる」
彼は他人の前では怒鳴る回数が格段に減る。そのことにラーイは気付いており、だからエセルをついでに連れて来たのだった。
「それにしても、だ。先程の話が本当だとすると、彼女は恩人だろう」
自分の方に話題が移り、エセルは少し慌てる。
クルアーンの視線が注がれたのだ。
ラーイと同じ黒い瞳だと思っていたのに実は濃い紫なのか、などとどうでも良いことが頭の中でぐるぐるする。
混乱した頭で手を振った。
「あの、いえ、そんなに大したことはしていませんし…」
「そんなことはありません。ライムトーリが助けていただいたようですから」
エセルにはそう言い、クルアーンはラーイを呼ぶ。呼ばれたラーイは渋々クルアーンの横に立った。
「お前のことだから、どうせ喧嘩を売られるように相手に仕向けたんだろう」
思わず視線を逸らしたラーイを見て、おもむろに立ち上がる。
そして。
ゴンッ!!
痛そうな音が室内に響いた。
「〜〜〜ってぇー……」
ラーイが頭をおさえてしゃがみ込む。
なんのことはない、クルアーンがラーイの頭を握った拳で殴ったのだ。
「自業自得だ」
殴った本人はあっさりと言い放つ。
「いきなり何するんだよ、クルー!!」
ラーイが立ち上がって抗議する。
エセルはあまりのことに呆気にとられていた。
が、すぐに「大丈夫?」と駆け寄ろうとする。
その足がぴたりと止まった。

 

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