第1章

 

森の中の獣道を一人の青年が慣れた様子で歩いていく。
金の髪に淡い青の瞳を持つ、森にいるのは相応しくない程の美青年だ。
それもそのはずで、彼の名はタスク・スレッド・ダイアログ──三大国と呼ばれる国の一つ、ダイアログ皇国の正当な後継者なのである。
しかし現在、彼は両手に果物の入った籠を持ち、迷いのない足取りで行く手に見えてきた小屋を目指していた。
ダイアログ皇国の王弟のクーデターから既に1年半が過ぎようとしていた。そのうちの1年ほどを彼は隣国の小さな村で過ごしていることになる。
村と小屋との道は何度も往復し、すっかり慣れたものとなっていた。
扉の前で籠を片手に持ち替え、ノッカーを叩く。
しばらく待つと、涼やかな声の女性が「はぁい」という返事とともに扉を開けた。
つややかな紅色の髪の女性──ウィニアは、スレッドの姿を見て苦笑する。
「ごめんなさい、また届けてもらっちゃったわね」
「大丈夫だ、もともと用があったから」
スレッドから籠を受け取り、ウィニアは「ありがとう」と微笑んだ。
「とりあえず入ってちょうだい。用事って、レイに?」
レイ、というのはスレッドに同行している女性兵士の名だ。正式な名をレイテンシーと言うが、親しい人間は彼女をレイと呼ぶ。
レイテンシーは現在、ウィニアの家に泊まりこんでいた。来た当初こそスレッド達と同じくウィニアから借りた家に住んでいたのだが、外聞が悪くなることを懸念したウィニアの提案により彼女の家に居候することとなったのである。実はこの提案にレイテンシー自身は遠慮したのだが、スレッドの鶴の一声で決定した。本国にまで噂が広がることはまずないだろうが、狭い村の中で不本意な噂が流れては居心地が悪いだろうし、目立ちたくないのだから余計な詮索をされるような振る舞いは避けるべきである。
他の面子──キャッシュとデプロイは情報収集のためしばらく村を留守にすることもあったが、レイテンシーはもっぱらウィニアの住まいで彼女を手伝っているので、スレッドが呼びに来るのはそう珍しいことではなかった。
今回もまた同じ用件だろうと推察したようだ。その判断は正しい。
「当たりだ。今日は村にきていなかったからな」
「ちょっと座って待っていて。すぐ呼んでくるから」
「待ってくれ。もう一つ、君に」
籠を置いて部屋から出ようとするウィニアを慌てて呼び止め、懐から一通の手紙を取り出す。羊皮紙を使用したいかにも高級そうな手紙だったので折れたり飛んだりしてはいけないと思い、果物の籠とは別にしておいたのだった。
女性は不思議そうに首を傾げる。
「手紙?私に?」
「そうらしい。これも頼まれていたんだった」
ウィニアは受け取った手紙を何気なく裏返した。封蝋に刻まれた印璽を見て、少し眉をひそめる。
けれどすぐに表情を戻し、スレッドに向かって「ありがとう」と礼を言った。
「レイを呼んでくるわね」
「あぁ、よろしく」
ウィニアの様子に首を傾げつつ、スレッドは頷く。手紙を持って今度こそレイテンシーを呼ぶために部屋を出て行く背中をなんとはなしに見送った。
その後すぐに言われた通り、部屋の中心近くにある椅子の一つに腰掛ける。しばらく待っていると、長い金茶の髪をポニーテールにしたレイテンシーが一人で現れた。
「申し訳ありません。お待たせいたしました」
「いや、問題ない。呼び出してすまなかったな」
いえ、と言葉少なに答えるレイテンシーに手短に用件を告げる。
「デプロイが戻ってきた。状況を整理するから、手が空いたら戻ってくれ」
「了解いたしました。作業に区切りをつけてウィニア殿に声をおかけしたらすぐに参ります」
「俺は先に戻っている」
「はっ、お気をつけて」
戻る前にウィニアに声をかけようと彼女の姿を探すが、裏庭や玄関先には見当たらない。
どうやら私室にいるようだ。手紙を読んでいるのかもしれない。諦めて声をかけずに立ち去ろうとしたところ、ちょうど部屋からウィニアが出てきた。
その表情はどこか浮かない。思わず声をかけた。
「どうかしたのか?」
「え?ああ、いえ、なんでもないわ」
彼女にしては珍しく、声をかけられて始めてそこにスレッドがいたことに気づいたらしい。
この一年、そんな様子を見せることはほとんどなかった。何かに気を取られているのは明らかで、さらに問いかけようとしたのだが。
「それより、戻るのでしょう?気をつけてね」
はぐらかされた。
そう思ったが、深入りはしないでおく。飲み込んだ問いの代わりに冗談めかして「キャップに?」と笑う。
キャップというのはウィニアのドラゴンの名だ。ここにきた当初こそ警戒されていたが、今は主人に危害を加える存在ではないと認識してくれたらしい。
一人と一匹の遍歴を思い出したのだろう。ウィニアはふふ、と微笑った。
「危害を加えない限り、キャップは安全よ」
「よく分かったよ」
両手をあげて降参のポーズをとって笑いあう。ひとしきり笑ったところで、スレッドは片手を上げて、
「それじゃあ、また」
退去の言葉を口にする。ウィニアも頷き「またね」と手を振った。

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