邂逅〜a chance meeting〜 1

 

パタパタと軽快な音が廊下を走って行く。
足音の主は一人の国立魔術学院の生徒だ。
他の生徒の横をすり抜け、彼女は小走りで中庭にあるカフェテラスへと向かっていた。
やがてテラスに着き、左右を見回す。
目当ての人物を見つけて急いで駆け寄った。
「サラッ!!」
呼びかけると、背を向けていた一人の女性が彼女の方に振り向く。
薄い金色の髪がさらさらと揺れた。
サラ――サラスヴァーテ=ラケシス=フェイテスは少しだけ渋い顔をしてみせる。
「遅いわよ、エセル。30分も待ったわ。一杯目はもう飲み終わっちゃったわよ」
確かに、女性の前のテーブルには飲み終わった紅茶のカップが置いてあった。二杯目の紅茶はまだ湯気を立ち上らせている。こちらはまだ手をつけていないらしい。
文句を言われたエセル――エステル=ユノ=グリーブは息を整えながら答えた。
「ごめんなさいっ!でも聞いてっ!!」
彼女にしては珍しく、非常に興奮している。
腰まである長い朱色の髪は乱れ、琥珀の瞳は生き生きと輝いており、何か嬉しい事があったのだと付き合いの長いサラにはすぐに分かった。
サラは明灰色の瞳を少しだけ細めて尋ねる。
「それで、どうしたの?」
「あのねっ、今年は式典があるでしょう?」
前の椅子に座ったエセルに視線を合わせつつ、サラは首を傾げながら訊く。
「式典って……5年に一度のアレ?」
「そう、それよっ」
この世界には木、火、土、金、水の5つの下位元素と風、エーテルの2つの上位元素があり、その内の5つの下位元素を属性とする国が存在している。
木気のドリューア、火気のサラマンディー、土気のクロヌス、金気のワルキリエ、水気のナイアド。
これらの5つの国が現在この世界にある全ての国だ。
ちなみにここは土気の国クロヌスの王都ガイアス。
2人がいるのは魔術師を育てる中央の学院『オウ』と、錬金術師の育成機関である王立研究院の間にあるカフェテラスだ。2つの建物はカフェテラスを挟んで隣り合っている。
今話題になっている「式典」とは5年に一度開かれる国家間の和親会議の様なものだ。
正式名称は「大陸平和式典」と言う。
開催国は木、土、水、火、金の順に廻る。
そう、普段ならば。
「それが今年クロヌスで行われるじゃない」
「…あら、でも確か5年前はワルキリエじゃなかった?」
それならば次はドリューアのはずだ。
首を傾げたサラに、エセルは笑いかけた。
「今年は大陸歴1100年よ。つまり、百年に一度の特例の年なのよ」
この世界、標準的な暦は大陸歴というものを使っている。
一年は七ヶ月あり、木の宮、火の宮、土の宮、金の宮、水の宮、風の宮、エーテルの月としている。
一月は五週。
木の日、火の日、土の日、金の日、水の日、風の日、エーテルの日の七日で一週だ。
ただし、エーテルの月だけは十週で一月としているので、実際の所八ヶ月あると言ってもいい。
今日は大陸歴1100年木の宮第1金の日で、年が明けて4日目である。
さて、式典に話を戻そう。この式典は百年毎に「大式典」というものを行っている。
この大式典の場合、通常とは異なり、百年毎に木、土、水、火、金と廻る。
前回――1000年の時にドリューアで行った為、今年はクロヌスで行われるらしい。
「で、それで何が嬉しいわけ?」
エセルは右手を口元にあててクスクスと笑った。
「忘れたの?大式典の時は“七賢者”が全員集まらなきゃいけないのよ。だからね、今年“七賢者”が揃ってクロヌスに集合するの」
七賢者は別名「元素の番人」とも呼ばれる。彼らはそれぞれの元素を司っているからだ。
七人の賢者全員が一つ所に集まる事など式典を除けばほとんどないと言われている。
エセルもサラも一度たりとて彼らの姿を見た事がない。
「五年前は“風”の賢者が交代なさったから“金”と“風”の賢者の他にも“エーテル”と“水”、それに“木”の賢者がワルキリエに集まったそうだけど」
それは異例の事で、普段は式典を行った国の元素を司る賢者が義務で集まる程度だ。
「へえ。じゃ、新しくなった七賢者が全員揃うのは今年が初めてなんだ」
「そうなのよ」
エセルは力強く頷く。
サラは内心、何故エセルが嬉しそうなのかやっと分かった気がした。
端的に言えば錬金術師と魔導師の違いである。
サラは錬金術師――といってもまだ見習いだが――で、エセルは魔導師――こちらも同様――である。
考え方が根本的に異なるのだ。
七賢者はその性質上、魔導師に属する。
サラは七賢者なんて一生に一度、一人くらい見られればラッキー、程度にしか思っていないが――無論これはサラの意見であって錬金術師全般の考え方という訳ではない――、エセルは機会があれば必ず会ってみたいと思っていた。
確かに、それを考えると大式典は絶好の機会だろう。
上手くすれば全員の姿が見られるかもしれない。
「良かったわね。チャンスじゃない」
サラが言うと、エセルは慌てて付け足した。
「違うのよ、それだけじゃないの」
言って、喉を潤すためにテーブルに置いてあったサラの紅茶を一口飲む。
サラは再度渋い顔をしたが、何も言わなかった。
文句の代わりに問う。
「……何が違うわけ?」
「そうそう、わたしが王宮に行っているのは知っているでしょう?」
実はエセルは王宮魔術師の卵だったりする。
学院に通う傍ら、火・金・風の日には王宮の師の元へ修行に行っているのだ。
これはかなり強力なコネによる特別待遇である。王宮など、ただの学院の生徒に入れる訳がなく、修行なぞ望むべくもない。
しかしエセルの師というのは血の繋がらない伯母に当たる人で、王宮内でもかなり高い身分に属している。その伯母の好意により彼女は、伯母の助手という名目で王宮内で見習いの仕事をさせてもらっているのだ。
もちろんサラはその事を知っている。けれど。
「それがどうしたの?」
話の筋がよく見えない。
「伯母様がね、わたしに七賢者の身の回りの世話と話し相手をするっていう名目で王宮に手伝いに来る様に言ってくださったの」
もちろん当たり前だが王宮内には高貴な身分の人々の世話をする侍女や侍従が数多くいる。だから、この話のメインは話し相手という事だろう。
「へーえ」
それでこんなにも喜んでいたのか。サラは思った。
おっとりとした外見に騙される人も多いが、エセルは使えるものは何でも使うタイプだ。
柔和な態度と柔らかな話し方のおかげで、一見しただけでは分からないというだけである。
「で、ウワサの七賢者はいつ来るの?」
訊くと、エセルは苦笑する。
「それは人によるわよ。式典はエーテルの月に行われるのだもの」
詳しくいえば、エーテルの月第1風の日とエーテルの日の二日間である。
「まだ木の宮だし、多分しばらくはいらっしゃらないと思うけど」
七賢者は式典の年のみ王都近くに着いた際、王宮に報告する義務がある。のだが…。
賢者の中には束縛を嫌う者もおり、式典ギリギリまで報告をせず都市内をうろうろする者がいるらしい。
「何にせよ良かったじゃないの」
サラはにっこりと笑って続けた。顔は笑っているが、目が笑っていない。
「でもまあ、私を待たせたのは事実だから。ここのお勘定はよろしくね」
「そんなっ!酷いわ、サラ!わたし、何も頼んでないのよ。それにこれからまた王宮に戻るのに…!」
慌てて抗議するも静かに怒れるサラには何を言っても無駄で、結局エセルは軽くなった財布を持って王宮へ戻ることになったのだった。

 

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