ダイアログ皇国の王立兵団では年に一度、第一師団と第二師団の見習いが手合わせをする機会がある。
正確には第一師団と第二師団の合同演習というものが存在し、演習の一環としてそれぞれの師団から選抜された見習いや正規兵達による模擬戦や騎射を実施しているのである。
この演習によりそれぞれの軍団の熟練度を知り、訓練内容の変更や配置換えを行うのだ。
平常時は第一師団が首都周辺地区、第二師団がそれ以外に配置されており、なかなか顔を合わせる機会は少ない。
また、第二師団は広域に配属されているため、辺境に配属されている者同士が会うことも稀だ。
よって、演習の舞台となる首都の練兵場には普段見知らぬ顔が揃うこととなる。
第一師団は白の外套、第二師団は茶の外套を身につけているため、大雑把な所属を間違うことはないが、相手がどこに配属されている者かは判別が出来ない。
それでも外套の止め具で見習いかそうでないかは識別できるようになっている。
天気は快晴、風もほとんどない。この練兵場には屋根がないため、まさに演習日和といえる。
第一師団第一大隊所属の見習いである少年――キャッシュは、広い練兵場のあちこちを見回しながら第二師団の見習いを探していた。
木陰に一人の少年がいるのを見つけ、第二師団の見習いであることを確認する。
「あんた、第二師団の見習いだよな?」
「そうですが、何か?」
渋い緑の髪の少年は首を傾げた。知り合いではない人物にいきなり話しかけられて驚いているらしい。
「もうじき見習い同士の模擬戦があるだろう?第5試合に出る第二師団の見習いって誰か知ってるか?」
キャッシュの問いに、少年は微笑んだ。
「第5試合ですか?僕です」
あっさりと答えられて、キャッシュは驚く。
目の前に居るのは少女と言われれば納得してしまうような中性的な少年だ。
肩につく位の柔らかな髪を結わずにそのままおろしているから、なおさらそう見える。
身長もさほど高くないし、筋肉質な感じもない。
模擬戦に出るくらいなのだから腕の方は確かなのだろうが、残念ながらとてもそうは見えなかった。
それとも、こんな少年が出るくらい第二師団の人員は不足しているのだろうか。
内心首を傾げたキャッシュに、少年が尋ねる。
「どうしたんですか?」
「いや、あんたがオレの対戦相手かと思ってさ」
その一言で事情を悟ったらしい。ああ、と納得したように頷いた。
「オレは第一師団第一大隊の見習いのキャッシュだ。よろしくな」
「僕はデプロイ。第二師団第五大隊の見習いです」
「第五大隊?っていうと…」
「シーラス地方に駐屯しています」
頭の中で地図をさらう。シーラス地方はコンソール王国との国境近くの地域だ。イカーン帝国との国境周辺地域であるスウィフト地方ほどではないものの、精鋭が集まっている地域である。
しかし目の前の少年はどう見てもただの華奢な少年のようだ。
「君は第一大隊なんですね。王城勤務ですか?」
「ああ」
多少なりとも誇らしげな響きになってしまったのは仕方ない。第一師団の第一大隊といえば精鋭として有名だ。見習いとはいえ、そこに所属できるというのは誇らしいことなのだった。
第一師団第一大隊は首都の中でも王城近辺の警備を任されている。言うまでもなく重要な役割であり、かなりの腕前がないと務まらない。
キャッシュが所属しているのを見て、中にはツテを利用して入り込んだのだろうと揶揄するものもいた。けれどキャッシュは実力で入ったと自負しているし、実際に努力もしているつもりだ。
「良い試合にしましょう」
「おう」
差し出された手を握り返す。ほっそりとした見た目とは裏腹に、その手のひらは硬かった。
見習い同士の模擬戦も終わり、もうじき昼休憩にさしかかろうとしている中、第一師団の見習い――キャッシュが悔しげにこぶしを握っていた。
横にはもう一人、こちらは女性の見習い――キャッシュの幼馴染のレイテンシーがいる。
「くっそーーーっ!」
広い練兵場の隅。試合後、他の団員達から逃れるようにこっそりと移動してから、キャッシュは延々落ち込んでいた。
レイテンシーは呆れたような冷めた目をして傍にいるが、慰めの言葉をかけたりはしない。
むしろ「相手が弱そうだからって油断した自分が悪いのよ」と追い討ちをかけた。
そう、確かにキャッシュは油断していたのだ。あの優しげな外見に見事に騙された。
模擬戦の第5試合の相手は聞いていた通り、あの緑髪の少年――デプロイであった。
肩にかかっていた髪を一つに束ね、手には身長よりわずかに長いくらいの長槍を持っている。
この時キャッシュが構えていたのは両手持ちの剣であった。
「両者、礼!第5試合、始め!」
審判の声と同時に、キャッシュは剣の切っ先を下ろしたまま相手に向かって駆け出す。
相手が長物を使用している以上、距離を置くのは好ましくない。自分の攻撃範囲外から一方的に攻撃を受けてしまう。
リーチの長い槍は、同時に懐にもぐりこまれれば弱いという弱点がある。
教科書どおりの戦法でキャッシュは距離をつめようとした。
繰り出される穂先を左足と左肩を引くことで避け、剣を持ち上げる。
相手の懐近くで剣を振り下ろした。デプロイは半身下がり、槍の柄で振り下ろされた剣の軌道を逸らす。
柄の半ばほどを掴んでそのまま槍をくるりとまわし、石突でキャッシュの胴を狙ってくる。
慌てて右に避けて、剣を体に引きつけた。
一歩を踏み出し、下ろしていた剣で切り上げようとする。
槍の柄の半分もない距離で、普通なら槍では攻撃できないはずだった。
が、デプロイは左に避けつつさらに踏み込んで――。
気付けば、槍の穂先が首筋ぎりぎりの所で止められていた。
避けながら槍をやや持ち上げて持ち手を柄の半ばから穂先近くに持っていったために間合いを詰められても対応できたのだと、試合終了の声を聞いてから理解した。
「大体、第5試合に出てくるような相手なんだから最初から本気で戦っていても勝てたかどうか」
レイテンシーの台詞にキャッシュは首を傾げる。
言われている意味を理解できていないことを感じ取って、ため息と共に教えられたところによると、見習い同士の試合が5回戦まであるのは第二師団の大隊数に合わせているからだという。
第1試合は第一大隊、第2試合は第二大隊、というようにそれぞれの大隊の中で最も優秀な見習いが出場しているのだ。
第二師団の第五大隊は、スウィフト地方に駐留する第一大隊には一歩譲るものの、国境線を防衛しているだけあって優秀な人材が多い。
当然、そこの見習いも鍛えられるし、その中で選ばれたくらいなのだから例えどんな外見であれ、弱いということはありえないのだ。
「そんなことも知らずに試合に出てたなんてね」
幼馴染は容赦なく切り捨てた。キャッシュはがっくりと項垂れる。
と、そこに、
「よう、キャッシュ」
軽く声をかけられ、振り向いて驚いた。
薄い金の髪に淡い青の瞳の美少年がいたずらっぽく笑って立っている。思わず目を疑った。
「でっ…!」
殿下、と呼びかけそうになるのをこらえる。
そこに立っていたのはキャッシュの乳兄弟であり、このダイアログ皇国の王子であるタスク・スレッド・ダイアログその人であった。お忍びのつもりなのか、王立兵団の制服を着て第一師団の白い外套を羽織っている。外套の止め具は見習い用のものだ。
個人に支給されるものなのに、一体どこから手に入れたのだろう。誰かのものを勝手に拝借したのだろうか。
様々な疑問が瞬時に頭を駆け巡った。
横のレイテンシーは挙動不審なキャッシュを疑わしそうに眺めている。目の前の人物が誰なのかを知らなければ当然の反応だ。
レイテンシーとてスレッド王子を見たことがない訳ではない。ただし、何かのパレードの合間だったり、テラスからの挨拶だったりと遠目に見たことがある、という程度だ。
王子らしい服装をしているならともかく王立兵団の制服を着ている状態で即座に分かるのはよほど王家に近しい地位にいるか、キャッシュのように直接話す機会が多い人間だけだろう。
「こんなところで何をやってるんですか!しかもそんな格好で!」
周囲をはばかって小声で訴えるキャッシュに対し、王子は鷹揚に笑う。
「どうだ、意外と分からないだろう?」
「そういう問題じゃないです!」
王立兵団の団長は現在、王弟が務めている。今回は他の政務があって出られない団長の代わりに、王子が演習を観覧するという話は確かに聞いていた。だが確実にこういう形ではないはずだ。
「あんな所じゃよく分からないからな」
ちらりと貴賓席を見やる。練兵場が一望できるようにと設けられたその場所はやや高い場所にあり、全体を見渡すのには向いているものの、個人の顔など見えようもない。
「それはそうでしょうが…」
「大丈夫だ、ちゃんと代わりにすごい人を置いてきたから」
「そういう問題じゃなくてですね!」
「ところでそっちの彼女が噂のレイテンシーかな?」
キャッシュの言葉を遮って、王子がレイテンシーに話しかけた。
ひそひそと話していた片割れに急に話しかけられ、レイテンシーは訝しがりながらも「そうよ」と頷く。
「キャッシュからよく話は聞いてるぞ。弓が得手だとか。先程の騎射も見事だった」
レイテンシーの騎射は模擬戦の前に行われていたのにそれを見ていたということは、どうやらかなり前から演習に紛れ込んでいたらしい。
「どういう風に聞いていたか気になるけれど、ひとまずありがとう」
素直な賞賛にレイテンシーが破顔した。
やり取りを聞きながら、レイテンシーにいつ相手がこの国の王子であるかを告げようと悩む。
いつ教えても、最初に教えなかった時点で多分怒られるだろう。
――それならいっそ、バレた時に説明すればいいか。
根が楽天的なキャッシュはそう結論付けた。
「あなたは模擬戦には?」
レイテンシーが問う。いかにも残念そうに、王子は肩をすくめて見せた。
「残念ながら出られる程の腕前じゃないんだ」
その前に模擬戦に出て良い身分でもないし、ここに降りてきていい身分でもない。
キャッシュの無言のツッコミを感じたのか、白々しく、
「おっと、そろそろ戻らないとな」
と言って現れた時と同じようにふらっといなくなった。
「何しに来たのかしら、あの人」
レイテンシーが首を傾げる。
本当に何をしに来たのだろう。そしてちゃんと貴賓席に戻ってくれたのだろうか。
酷く落ち込んでいたことも忘れ、キャッシュは王子が周囲にバレずに大人しく戻っていてくれることを心底願った。
追記1
数時間後、合同演習の終了時に王子からの講評があった。
服こそ着替えていたものの、スレッド王子が先の少年だったことに気付いたレイテンシーにキャッシュは予想通り怒られた。
レイテンシー以外に気付いた者はほぼいなかったようで、それだけが救いだと思った。
追記2
王子が演習場に潜り込むために置いてきた「すごい人」は王妃殿下だった。
王子からの講評後に幕の後ろから癒し手として高名であり、かつ前線に立つ兵士達の間で人気が高い王妃が出てきたことで、練兵場は沸き立った。
本日の予定がキャンセルになったことをどこからか聞きつけて、王子が午前中だけでもと観覧に誘ったらしい。後から聞いたところによると午前中だけ演習の様子を観覧し、昼食からこの講評直前まで別の公務をこなしてからこちらに挨拶にきたそうだ。
王子と王妃が観覧していたこの日の演習は、長く兵士達に語られることとなった。
追記3
この合同演習の結果を受けて、後日配置換えが行われた。
キャッシュとレイテンシーに変更はなかったが、第一師団第一大隊には見習い兵士が一人加わることとなる。
配属されたのは、渋い緑の髪を持つ少年であった。