いつも通りの夕暮れの帰り道、友人達と歩いていると通りの向こうに知人を見つけた。
猫背気味になりながら携帯端末機をいじりつつこちらに向かってくるのはベストに帽子の中年男性で、本当なら学生のカリーナとは縁の結びようもない相手だ。
けれどヒーローとして活動している「ブルーローズ」は彼のことをよく知っている。
5分間だけ自らの身体能力を強化することが出来る
タイガー、と声をかけようとしてはっと思いとどまる。
バーナビーを除けばヒーローは基本的に市民に正体を明かしていない。
ワイルドタイガーも、もちろんブルーローズであるカリーナも。
普段はヒーローとしての活動中か、そうでなくとも周囲に事情を知っている人間しかいなかったから「タイガー」と呼びかけていたし、向こうも「ブルーローズ」としか呼んだことがなかった。それで困ったこともなかったけれど、今は横に何も知らない友人がいる。ヒーロー名で呼びかけるのは厳禁だ。
タイガーの本名は知っている。しかし、何と呼べばいい?タイガーとコンビを組んでいる相棒のバーナビーは当初こそ「おじさん」と呼んでいたが、最近では「虎徹さん」と呼ぶようになった。それにならって虎徹さんと呼んでみる?だがそれだといきなり親しげすぎやしないだろうか。じゃあ、鏑木さん?それもいただけない。鏑木・T・虎徹!なんてフルネームで呼ぶのは論外だろう。
ど、どうしよう……!
声はかけたい。でも名前で呼ぶのは恥ずかしい。
内心葛藤するカリーナに気付かず、友人達は談笑しながら歩いてゆく。それに遅れないように足を動かすと、当然ながら相手との距離は縮まっていく。
それまで真剣に端末機をいじっていたタイガーが不意に視線を上げる。カリーナの姿を認識したようで、口が「あ」の形に開いた。
心の準備ができる前に、向こうから声をかけられる。
「いよう、学校帰りか?」
片手を上げて笑う男に、友人二人は驚いた顔でカリーナを見遣った。カリーナは混乱したままの頭で頷く。
「そうだけど」
つっけんどんな返事をしてしまい、軽く自己嫌悪に陥る。
そんな反応を気にする様子もないタイガーに喜ぶべきか、悲しむべきか。
「学生の本分は勉強だからな。頑張れよ」
「そんなのアンタに言われなくても分かってるわよ」
「ま、そうだろうなあ」
言外に「お前は真面目だから」と言われたような気がした。以前も彼にそんなことを言われたのを思い出す。
何か言おうと思ったけれど思考回路が停止したままだ。うまいこと言葉にならない。
「おっと、急いでるんだった。
端末をポケットにしまって去っていく男の背中を見送る。完全に見えなくなる前に、友人から「ね、今の誰?」と聞かれた。
馬鹿正直に答えるわけにもいかないのでバイト先で知り合った人だと誤魔化しておく。あながち間違いでもないだろう。
それにしてもいきなりの邂逅には驚いてしまった。こちらばかり驚いていたのが今更ながら癪に触る。少しは向こうを動揺させてみたい。
よし、次に会った時には絶対に名前で呼んでやるんだから。
新たな決意を胸に、カリーナは憤然と歩き出す。友人達は不思議そうに首を捻りながらも「待ってよ、カリーナ!」とカリーナを追いかけた。