始まりはいつも突然に

 


リュシオルは走っていた。それも、かなり全力で。
隣を走っているのは髭面のダークエルフだ。
そして追っているのはウェアウルフが3体にスパイダーが1体。
少なくとも、さっきまではそうだった。今増えているのか減っているのか──恐くて振り返れないし、そんな余裕もない。
何故こんな事態に陥っているのか。それには、きちんと理由がある。

リュシオルはソロハントの多いエルヴンメイジだ。
村の近辺だけならどうにか行き来出来る様になり、そろそろ遠出をしてみようと思っていた所だった。
ちょうど普段行かない辺りのクエストがあったので受けてみたのが悪かったのか。
目当てのモンスターは見つからず、かなり村から離れた場所まで来てしまった。
そこで引き返せれば良かったのだが、見た事のない半透明のモンスター──おそらくはリレイン──に襲われて、なんとか引き離した時にはさらに村から離れてしまっていたのである。
戻ろうとすればまだいるであろう奴と戦わねばならない。
諦めて仕方なく先にあるというグルーディオ城の村を目指す事にした。
河を越え、中立地帯に入った辺りで追われている人物に気付いてしまったのが運のツキ。
その人物がこちらに向かって走ってきたのだ!
後ろにウェアウルフを3体引き連れて。
「おーい!」
追われていた人物は知り合いのダークエルフ──ジグザであった。
おーい、じゃないっ!!
内心焦りながら、どうしようもないので並んで走った。
「なんでこんなに追われてるんですか!」
「さーてなぁ」
走りながらもなんとか会話を試みる。幸いというかなんというか、2人とも足は早かった。
このまま走り抜ければなんとか撒けるかもしれない。
と思ったら目の前にジャイアント スパイダーが立ちふさがっていた。
「嘘でしょうー!」
そして、冒頭に繋がるのである。

このまま走っていても埒があかない。
とりあえず丘の方に逃げながら少しずつでも攻撃しましょうと提案しようとしたら、ジグザが別方向に向かって逃げていた。
ウェアウルフもスパイダーもジグザを追って山の方に走っていく。
グルーディオ城へ行く方向だ。
立ち止まってそれを眺め、すぐに追うのは無理だな、と判断した。
それよりもまずは自分の回復が先だろう。
セルフヒールを唱えると、傷がすっと治っていく。
装備を新調していて本当に良かった。そうじゃなかったら確実に死んでいた。
だいたい治った所で覚悟を決める。行くしかない。
周囲を警戒しつつ山に向かって歩いていく。
すぐに一体のウェアウルフがうろうろしているのが目に入った。
ほぼ間違いなく先程の3体のうちの1体だろう。
まだこちらには気付いていないのが救いだった。
魔法が届くギリギリの範囲で呪文の詠唱を始める。
メイジのリュシオルは装備が薄い。なるべく離れた場所から先制攻撃をする、というのが基本スタイルだ。
力ある言葉によって、リュシオルの周囲を風が包む。ローブの端がはためく。
「ウインド ストライク!」
放たれた風の牙がウェアウルフを襲う。
だが、まだだ!
ウェアウルフがこちらを向いた。少しだけ距離をとって更にもう一度呪文を唱える。
呪文を唱えている最中には動く事が出来ない。ここからが勝負だった。
怒り狂ったウェアウルフが走ってくる。距離が縮む。間に合うか!?
凶暴な爪が眼前まで迫る。詠唱が終わった。
「ウインド ストライク!」
今度こそ、終わりだ。力を失った肢体がゆっくりと崩れ落ちる。
大きく息を吐いた。
いつだって生きているモノに攻撃をするのはドキドキする。
モンスターだから、と命を軽く扱う気にはどうしてもなれなかった。
もちろん、倒す事に否やはないのだけれど。
魔力が回復した頃を見計らって、先々にいたウェアウルフを1体ずつ確実に倒していく。
残るはスパイダーだけのはず。
少し先に進むと、予想通り得物を見失ったスパイダーがうろついていた。
先程までと同じ手順で呪文を唱え始める。
と同時に、向こうからやってくるジグザの姿も発見した。
しかし唱え始めた呪文の詠唱を中断するのはやめておく。
彼がダガーを手に攻撃しようとしているのが見て取れたからだ。
どうせなら、一緒に攻撃した方が早い。
「ウインド ストライク!」
スパイダーがこちらに気付き、攻撃を仕掛けようとする。
だが、後ろに迫っていたジグザのダガーがスパイダーの皮膚を切り裂く!
その頃にはまた呪文を唱え始めていた。
スパイダーは一瞬どちらを攻撃しようか迷った様だったが、結局こちらに狙いを定めたらしい。8本の脚でこちらに迫る。
ジグザの攻撃がもう一度。さらに、リュシオルのウインドストライクが決まった。
スパイダーがどさりと倒れる。
ようやく終わった。安堵のため息が漏れる。
ジグザを見遣るといくつか傷を負っていた。
今度は癒しの魔法を使用する。今まであまり必要ではなかったので、リュシオルのヒールのレベルは低い。
それでもやらないよりはマシだろう。
粗方の治療を終え、杖をおろす。
「や、すまない」
「いえ…。とりあえずお久し振りですね、ジグザさん」
彼とは以前、所用でダークエルフの村に行った時に知り合った。
ダークエルフといえばエルフに対して敵対心の強い種族だと聞いた事がある──それはエルフの方でも同じだ──が、彼はダークエルフの割に人なつっこい性格の様だった。
短い間だったけれど、パーティを組んだ事もある。
その時にはヒューマンの青年もおり、二人は親しげにしていた。
それはともかく。
「それで、何故ここに?」
尋ねるとジグザはははは、と笑いながら事の経緯を話し出した。
「ダークエルフの村からグルーディオ城まで行ったのは良いんだけどな、戻ろうと思ったら奴らのテリトリーに入ったらしい。
いきなり追われて困ってたんだ」
本当に困っていたのかどうかは若干議論の余地がありそうだった。
けれど、そこにはつっこまないでおく。
代わりにこう切り出した。
「実は私、これからグルーディオ城の村に行こうと思ってるんです。一緒に行きませんか?」
「うん?別に俺は構わないけどな」
了承を得られてほっとする。これから先に一人で行くのは辛そうだったから、是非とも前衛が欲しかったのだ。
「じゃ、行きましょうか」
こうして、賑やかな二人旅が始まったのだった。

 

 

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