ミスフルSS2

 

 こちらもやはり連載終了前に書いていたものなので、原作の設定と異なる部分があるかもしれません。

 

 のどあめ <屑桐と久芒>      月と地球 <屑桐と久芒>     熱視線 <華武>

 チョコレート <猿凪と十二支>      風邪 <セブンブリッジ>      クスリ <屑桐と牛尾(中学)>

 武器 <牛尾と鹿目>      犬と猫 <犬飼と猫湖>      “Fall in love” <虎鉄と凪>

 惹かれる <屑桐と芭唐>     甘い匂い <猿凪>

 

 

のどあめ <屑桐と久芒>

「あ゛、屑さん」
久芒が顔をあげると、そこには屑桐が立っていた。
「おはよ゛うございます」
「…あぁ」
普段と変わらず無表情だ。見ようによっては不機嫌そうにも見える。
が、別に怒っている訳ではないのだろうと久芒は判断した。
「今朝も早いングですねぇ」
当たり障りのない会話を試みてみる。
「大分あったかくはな゛って来たけど…」
くしゃみを一回。屑桐はまだ無言だ。
「朝はまだつらいングね゛ぇ」
ズズ…と鼻を啜る。ポケットからティッシュを取り出して思いっきり鼻をかんだ。
その様子をじっと見ながら屑桐は
「これから夏だ。…嫌でも暑くなる」
静かに言った。特に何かを思う風でもなく、事実を述べただけ、という感じだ。
外見からでは彼が何を考えているかは分からない。…少なくとも、久芒には。
けれど王者華武のエースとしてはそれで良いのだろう。
分かりたいなどと考えるのは、本当は不遜な事だろうから。
「そうングね」
頷いた久芒を見て、屑桐は何かを思い出した様だった。
ポケットから何かを取り出す。
「白春、手を出せ」
久芒が言われたとおり素直に手を出すと、その掌にいくつか飴を落とした。
手渡されたのは、どこにでもある様なのどあめ。
「家でいくつか見つかったんだがこの暑さで溶けそうだったんだ」
驚いて屑桐の方を見ると、無表情に言われた。どうやらくれるらしい。
「ありがとうございま゛す」
「いや、礼にはおよばん」
それだけ言うと屑桐は立ち去ろうとした。
しかし途中で思いとどまったらしく、ゆっくりと振り向く。
「…中に一つ薄荷のやつがあるから、それは他の奴に渡すと良いぞ」
そして今度こそその場を立ち去った。
屑桐の背中を眺めながら、久芒は少し嬉しくなる。今の、最後の一言。
それはつまり屑桐が自分の苦手なものを憶えていてくれたという事で。
「あっれ、白春。嬉しそうじゃん、何かあった気?(?0?)」
声を掛けてきた朱牡丹に薄荷味ののどあめを渡しながら、久芒は今の出来事を話し始めた。

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月と地球 <屑桐と久芒>

十二支との練習試合が終わった。結果は言うまでもなく華武の勝利。
それなのに華武の主将、屑桐の顔は浮かなかった。

「屑さん、大丈夫ですか?」
屑桐の様子がどことなくおかしいのは、おそらく皆気付いているはずだ。
昔、よほどの事があったとしか思えない。あの、十二支のキャプテンと。
録が声を掛けても普段の屑桐ならあそこまでは言わなかっただろう。
まあ、あの猿野とかいう奴に打たれた所為もあったのだろうが…それ以上に、きっと。
「…何がだ」
やや不機嫌そうに聞き返す。
「分からないングなら良いです。…録が落ち込んでましたよ゛」
一瞬の沈黙。そして。
「…そうか」
屑桐は目を閉じて、ゆっくりと呼吸する。その様子を白春は無言で見ていた。
録の憧れる、“王者”華武の主将を務める人。
「あれは昔の友人でな。目の前にいると、忘れられない記憶が蘇るんだ」
多分、言いたい事も言わなければならない事も数多くあるはずなのに。
不器用な人たちなのだろう。白春は考える。
それでも…いや、だからこそ人を惹きつけるのだ。
華武のメンバーは皆屑桐を慕っているし、それは十二支も同じはずである。
「それが握手しなかった訳ングですか?」
最後のあの時、屑桐は差し出された手を拒んだ。
「…どうだろうな。……もう、関係ないと思っていたんだが」
握手は拒んだが、言葉は交わしていた。ほんの少しだけれど。
だが、二人の間に流れる空気はとても旧友とのものではなかった。これは白春にも判る。
「……………」
何となく、月と地球の様だと思った。
一定の距離は空いているものの、それ以上近づく事も離れる事も出来ない。
けれどお互い離れられない相手の事を想っているのだろう。
「録の事、気にしてやってください゛」
ほんの少しで良い。それでも多少はマシになる。
白春が録の事を慰められれば良いのだが、彼では無理なのだ。こればっかりは。
月と地球は自分たちの方かもな、と苦笑して白春は一礼した。

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 熱視線 <華武>

「………気じゃない?(-o-)」
「そうングなぁ…」
これからグラウンドに行こうとしていると、先輩二人の話が聞こえた。
「どうしたんすかー?」
「あ、ミヤ(^o^)」
朱牡丹さんがこっちを向く。
「さっき卍で十二支とやり合ったって言ったじゃん?(−_−)」
「あぁ…」
犬飼が来る少し前の話だ。憶えている。
確か屑桐さんが返り討ちにしたとか何とか…。
これからその十二支との練習試合を見る事になっている。
正直言ってタリーことこの上ないが今日はサボれそうにない。
まあ2軍の奴らにはせいぜい頑張って貰おう。
そんな事を考えていた。
「その時の屑さんがちょっとおかしかったングよ」
「屑桐さんが?」
へぇ、ちょっと意外だ。
あの、何があっても自分には関係ない、みたいな人がねぇ。
そういえば返り討ち、って事は屑桐さんが何かアクションを起こしたって事だ。
「昔十二支のキャプテンと何かあった気でさ。わざわざ五光まで投げたんだよ(*−*)」
「男の戦いングだったなぁ」
久芒さんがうんうん、と頷いた。
「五光を?で、打ったんすか?」
訊くと、朱牡丹さんは小馬鹿にした様な笑みを浮かべる。
「まさか。返り討ちって言ったろ。手加減はしてたけど五光が打たれるわけなさ気じゃん(ToT)」
ま、当たり前か。オレでさえ難しいのに十二支なんて所の奴が打てるわけ無い。
だが。
「でも、オラの気のせいかもしれないングけど…打って欲しそうだったング」
何だって?
「そうなんだよねー。最初に声掛けてたのも屑桐さんからだった気だし…(−_−;」
「それは…珍しいっすね」
声を掛けられる事はあっても、掛ける事なんて滅多にないのに。
しかも他校生相手に、なんて。
屑桐さんが多少なりとも話すのは、自分が認めた相手だけ。そのはずだ。
「一球勝負を挑んだのも屑さんからだったング」
「その後のヴァカはまた別だった気だけどね(-o-;」
へぇ…。
「何て名前なんすか?その十二支のキャプテンって?」
少し、興味がわいた。
「えっとー、何だったっけ?牛…尾とか言った気?(?−?)」
「そうング。牛尾御門」
親切に教えてくれる。っつーか、よく憶えてんな。自分で尋いといてなんだけど。
「牛尾御門、ね」
憶えておこう。あの屑桐さんが気にしてるらしい相手。
キャプテンなら今日の試合にも来てるだろうし。
話しているうちに、噂の屑桐さんがこっちにやって来た。
「…何をしている?そろそろ始まるぞ」
「はーい(^0^)」
朱牡丹さんと久芒さんは走って行く。
オレは何となく屑桐さんを見た。
普段通りの仏頂ヅラ。何を考えてんのかね。
深紅の瞳が、動こうとしないオレを見遣る。
「…どうした?」
「いえ、べっつにー?」
何かちょっと面白くない感じだ。
何が、かはわかんねーけど。
「それなら早く行け」
言い放ってオレに背を向けさっさと歩き出す。
待つ気もなしっすか。いや、アンタに待って欲しいとは思わねーけどさ。
いつも上を目指してるアンタが気にするのは一体どんな人なんでしょーかね。
自分が視線を向けられてる事には、全然気付かないくせに。

華武と十二支の練習試合前。

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 チョコレート <猿凪と十二支>

2月14日、バレンタインデー。
今日この日の主役は乙女達、のはずであるが。
いつの世でも男達のバトルは繰り返される。
そう、例えば──チョコレートの数とか。

「うおぉぉぉぉぉ!何故だぁぁぁぁ!!」
放課後、いきなり叫ぶ猿野を尻目に、沢松は冷静に突っ込んだ。
「どうした天国、とうとう発狂したか?」
「んなわけねえ!そうじゃなくて……」
一呼吸。
「なんでキザ虎やくそ犬にチョコがきてオレには一つもないんだー!!」
そう、せっかくのバレンタインなのに猿野のチョコの数は未だ0。
対する虎鉄、犬飼等は…この叫びから推して知るべし。
「キャプテンはまだ判る!百歩譲って司馬とスバガキは許そう!だがっ!!」
沢松は内心なんでそんなに偉そうなんだよ、と突っ込みを入れた。
口に出さないのは、出さないと言うより出せないからだ。
「このオレ様が0ってのはどういう事だー!」
ため息をつきながら沢松はそれでも律儀に受け答えをする。
「どういうもこういうもねーだろうがよ。いつも通りじゃねーか」
うっと言葉に詰まる猿野。それを見つつ多少意地悪く沢松は続ける。
「それともアレか、愛しの凪ちゃんから貰えないのがそんなに悔しいか」
その台詞で猿野はトドメを刺された様だった。
「…くっ、悔しくなんか、悔しくなんか……」
猿野は必死にマインドコントロールをかけている。
この様子を面白そうに見遣って、
「正直になれ、天国。悔しいんだろう?」
ぽんっと震える肩に手を乗せた。猿野は沢松の方を見る。そして。
「悔しいさ、チクショー!!」
アッパーカートと共に心の底から叫んだ。沢松が吹っ飛ぶ。
「ってーかもう部活の時間じゃねーか!やっべー!!」
走り去る猿野の背中を見送って、沢松はアンニュイなため息を吐いた。

「………だze」
部室に向かって猿野が走っていると、そんな声がちらりと聞こえた。
視線をやると部室の前には予想通り先輩、虎鉄が居る。
いつも仲の良い猪里も、もうユニフォームに着替え終わって話し込んでいた。
「あれ、猿野。遅いっちゃねー」
猿野の姿を見て、猪里が声を掛ける。
「どうもっ」
とりあえず挨拶だけを返して急いで部室に入った。すると。
「あー、お猿の兄ちゃん、おっそーい」
兎丸が着替えながら声をかけ、横の司馬もにこりと笑う。
「おうっ、ちょっと話し込んでてなっ」
すぐに着替え始めつつそれだけ答えた。
「全く、猿野くん。君という人は…たまには時間くらい守れないのですか?」
これはすでに着替え終わって外に出ようかという辰羅川だ。
「うるせえっ!オレ様は色々と忙しいんだよっ!」
勢いよく返すと辰羅川の後ろにいた犬飼がぷっと笑う。
「どうせ職員室にでも呼び出しくらってたんだろ、猿だもんな」
「黙れコゲ面!!ちげーよ!」
一触即発の空気を察して、子津が仲裁に入った。
「ふ、二人とも、やめるっすよ」
そんな中で。
「じゃ、お先に〜」
いつの間にか着替えを済ませた兎丸がちゃっかり外に出て行く。
もちろん、司馬も一緒だ。
兎丸の台詞を聞き、猿野は慌てて止まっていた手を動かし始める。
犬飼と辰羅川も足早に外に出て行った。
いつものやりとりが繰り返される。そう、ここまでは普段と何も変わらなかった。

そして部活の休憩時間。
『きゃーーー!犬飼くん、私の気持ち受け取ってーーー!!』
その声を聞いて、思わず犬飼はダッシュで逃げ出していた。
いつもより殺気だったチョコレートを持った女子の集団から。
「ふんっ、いつもの事ながら浮ついた奴なのだ」
「が、があああ」
苛ついた様に鹿目がボールを投げつつ言い放つ。三象は困った様に応えた。
「うーん、でも今日は特に凄いね」
「その様だな。犬飼殿も大変也」
「ちっ、そんな事言って…ヘイッ、牛尾ッ。お前だって凄かったじゃねえかッ」
牛尾、蛇神、獅子川の会話をぼんやりと聞き流しながら、猿野はため息を吐いた。
せっかくのバレンタインなのに。
今日は一度も凪に会っていなかった。
もうこの際チョコレートなんか貰えなくても良いから──いや、実際は良くなかったが──凪の姿を見たい。猿野がそんな事を考えていると。
「凪じゃねーka。今日はどうしたんda?」
虎鉄の、こんな台詞が聞こえてきた。
猿野は声の出所を探す。今、確かに虎鉄は“凪”と言った。
ぐるりと辺りを見回す。……居た。
グラウンドの端、虎鉄と凪の姿が確認できる。
何も考えず走り寄って、声を掛けた。
「マリファナ先輩、何やってんすかっ」
「テメー、猿野、その言い方いい加減やめろYo!」
凪はそのやりとりをおろおろしながら止めようとする。
「あ、あの、お二人とも……」
だが、あまり効果はない様であった。
「何言ってるんすか、凪さんに怪しい葉っぱを売りつけないでくださいよっ」
「オレがいつそんな事したんだYo!」
「今しようとしてたじゃないっすかっ」
ぎゃーぎゃーと言い争う二人。と、そこに。
「…おいっ、そこの二人ー、練習再開だぞ」
羊谷の怒声によってなんとか一時争いは収まった。

そしてあっという間に部活も終わり、猿野が大きなため息を吐きつつ校門を出ると。
「…あの……」
ためらいがちな声に呼び止められた。振り向いて、勢いよく驚く。
「なっ、凪さんっ」
猿野に声を掛けたのは誰あろう、凪であった。
「ど、どうしたんすかっ」
首を傾げる。凪は少しだけ頬を染めた。
「その、今日はバレンタインですよね…。それで…」
カバンの中から一つの袋を取り出す。
綺麗にラッピングされたそれを猿野に手渡した。
「これをもらっていただきたいんですが…」
「はっ、はいっ!そりゃあもうありがたくいただかせていただきますっ!!」
顔を紅潮させて猿野は袋を受け取る。
その様子を見た凪は嬉しそうに微笑んだ。
凪の笑顔があまりにも綺麗で、猿野は思わず一瞬見惚れる。
「それでは、私はこれで…」
言って帰ろうとする凪を猿野は呼び止めた。
「凪さんっ」
凪が、振り向く。
「ありがとうございましたっ!!」
猿野は頭を下げた。精一杯の感謝の気持ちを込めて。

普通の高校3年生はこの時期には部活やってないって(苦笑)

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 風邪 <セブンブリッジ>

「…っくし」
「あら、いやだ。剣ちゃんったら、風邪?」
「うーん、びみょーにそうかもね」
「だからいつも言ってるじゃない、ちゃんと洋服くらい着なさいって」
「そうなんだけどねー」
「そうなんだけどねー、じゃないでしょ」
「うん、でもこれがまだ風邪って決まった訳じゃないし」
「あのねぇ、剣ちゃん。ひいてからじゃ遅いのよ、風邪ってのは」
「あははー、紅印、何だか言ってる事がお母さんみたいだよ」
「もう、…ほら、ワンタンも何か言ってちょうだい」
「んー、剣菱には何言っても無駄だと思うネ」
「同意。忠告 無意味」
「ま、貴方もそう思うの?」
「いーじゃん、紅印。だーいじょーぶだって」
「貴方の大丈夫程あてにならないものはないじゃない」
「ううっ、酷いなー紅印」
「でも朕もそう思うヨ」
「ワンタンまでー?」
「みんなそう思ってるのよ」
「あちゃー、びみょーに信用ないっぽい、俺?」
「それに、うちの4番でピッチャーが風邪で調子が出ないなんて笑えないでしょ」
「うーん、そうだね。それは笑えないね」
「分かったらきちんと衣服を着なさい」
「残念だけど、紅印。それは無理だよ」
「え?何故なの?」
「朕も知りたいヨ。どうしてネ?」
「んー、じゃあびみょーにオレのポリシーだからってかんじで」
「なんかとってつけたくさいわねぇ」
「あ、もうこんな時間か。ゴメン、オレ帰るねー」
「ちょ、ちょっと剣ちゃん!?……行っちゃったわ」
「そろそろ朕達も帰るカ?」
「そうね、そうしましょ。今から急げば剣ちゃんに追いつくし…」
「帰宅準備 万端」
「えぇ。じゃ、急ぎましょうか」

山なしオチなし内容なし。なんか日常な感じで。喋り方怪しー(笑)

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 クスリ <屑桐と牛尾(中学)>

「もし不老不死になれる薬を持っていたら、君はどうする?」
「……はあ?」
相変わらずの唐突すぎる話のネタに、屑桐は呆れた顔をしてみせた。
答えを返さない屑桐に対し、牛尾はもう一度同じ事を質問する。
そうだな、と微かに考えを巡らせて、屑桐は答えた。
「俺はまず、その薬を疑うな」
予期していたどの答えとも違う返事を返され、牛尾は首を傾げる。
「えっと……」
「だから、その薬が本物かどうかを疑うって事だ」
屑桐の台詞にうーん、と考え、
「じゃあ、絶対に本物だと判っていたら?」
そう訊いた。屑桐はすうっと目を細める。するとそれだけで印象がぐっときつくなった。
「捨てる」
あまりにもきっぱりと言われた言葉に牛尾は一瞬大きく目を見開く。
そして、クスリと笑った。
「そうか。でも、君らしいかな」
迷いのないその言葉が、少し羨ましい。
だがそれ以上に、彼らしい返答だと思った。
「そういうお前は、どうするんだ?」
「え、僕かい?」
不意に訊かれ、牛尾はきょとんとした表情で聞き返す。
屑桐が牛尾の意見を聞こうとするのは珍しい。
牛尾は自分を見つめる屑桐から、視線を空に移した。
顔を上げれば、空は何処までも青く広がっている。
「僕は…多分、使いはしないと思うな」
尋ねた屑桐は黙って聞いていた。視線を感じる。
強すぎる真っ直ぐな屑桐の視線は、時々牛尾には痛いものがあった。
しかし気にしない様に努めて、言葉を紡ぐ。
「長い時間を、たった一人で過ごすのは…きっとぼくには堪えられない」
今でさえ、一人で居るのは辛い事なのに。
友人や知人が老いて、その子供や孫、子孫の時代になる。
やがて自分を知る人が居なくなって、それでも自分は年をとる事もなく、死ぬ事もない。
気の遠くなる様な長い、長い時間を一人で過ごす。
「…それは拷問と言っても良い。死ぬことさえ、出来ないのだから」
時の流れに逆らえないから、人間は前を見るのだ。
少しでも良い未来を掴み取るために。そのためには。
「永遠の生なんて、ない方が良い」
言い切った牛尾を、屑桐はあっけにとられた様に見ていた。
その様子に気付いて、牛尾は少し頬を赤らめる。
「お前、なぁ…」
口を開いた屑桐は牛尾の頭に軽く手を乗せた。
「誰もそこまで聞いちゃいねぇよ。それにお前は、何でも難しく考えすぎだ」
そう言って、フッと笑みを零す。
「もう少し楽に生きた方が良いぜ。お前みたいな奴は、特にな」
自分が背負えるだけのギリギリまで努力をする事は、悪い事ではない。
けれど、何もかも自分一人で背負おうとして潰れてしまっては意味がない。
牛尾は“自分で出来る事”の幅が広すぎて一人で潰れてしまうタイプだと、屑桐は経験上よく知っていた。
肩の力を抜いて生きないと、いつか本当に壊れてしまうだろう。
ただでさえ、この世界は有能な者に厳しいのだから。
牛尾はそれに気付いていない。
もしかしたらこれからも気付く事はないのかもしれないし、あるいは何らかのきっかけで気が付くかもしれない。
屑桐は自分の言葉にそれ程の影響力があるとは思っていないし思えるはずもなかったが、それでもきっかけの一つになれば良いと思った。
これ以上牛尾が自分では気付かない傷を負って生きるのを見ていたくない。
そんな屑桐の考えを知ってか知らずか、牛尾はふわりと微笑んだ。
「屑桐は優しいね」
「…馬鹿は死ね」
牛尾の言葉に、口元を緩めて言い返す。
「酷いな、僕のどこが馬鹿だって言うんだい?」
拗ねた様に呟く牛尾。その様子を見つつ、屑桐は肩を竦めながら答えた。
「そうだな…、不老不死の薬とか言ってる所か」
言われた言葉に、少し驚く。
「そんなものなくても生きていけるだろう。考える事自体、馬鹿のする事だ」
「そうかな…」
「そうだ」
はっきりと言われてしまい、牛尾は笑うしかなかった。
「そうだね、そうかもしれないね」
笑い続ける牛尾の笑顔は、純粋な子供の様で。
屑桐も知らず知らずのうちに、表情が柔らかくなっていく。
しばらくの間、密やかな笑いが二人の周りの空間を暖かに包み込んでいた。

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 武器 <牛尾と鹿目>

昼休み、珍しく牛尾が鹿目に教科書を借りに来た。
何の事はない、蛇神が今日は休みだったからである。
「ふん、教科書を忘れるなんて牛尾らしくないのだ。ぼうっとしすぎなのだ」
文句を言いつつもきちんと貸してくれる鹿目に、牛尾は「やっぱり鹿目君はいい人だなぁ」と思う。
もっとも、本人に言うと照れ隠しに怒る事は火を見るより明らかなので言わないが。
「ありがとう。助かったよ」
礼儀正しく礼を言って教室に戻ろうとする。
けれどその前に、牛尾はくるりと鹿目の方を向いた。
「鹿目君の毒舌は君の大事な武器だからね。大切にしたまえよ」
にっこりと邪気のない笑顔で言われて。
鹿目は頭を抱えたくなった。…もちろん実際にはそんな事しなかったが。
「お前、僕を馬鹿にしてるのか?」
牛尾本人にそのつもりがないだろう事は知っている。
だが、思わず口からついて出る言葉は止め様がなかった。
「え?僕は誉めたつもりなんだけど…そう聞こえたかい?」
少しだけ困った顔になって、それから再度微笑う。
その笑顔はこれ以上何かを言う事を躊躇わせるものがある。
だから、むしろ牛尾の笑顔こそ立派に武器じゃないか、という言葉は飲み込んでおいた。
代わりに拗ねた様に少し頬をふくらませ、牛尾を見上げる。
「口が悪いのは普通誉められた事じゃないのだ」
「そうだね。でも…」
言葉を句切り、廊下の窓から外を眺める。
けれど牛尾の眼は外よりももっと遠くに向けられている事に、鹿目は気付いていた。
「言いたい事をその場で言えるのは、良い事だと、思うよ」
ふと、牛尾は言いたい事を言えないのだろうかと思う。あるいは、言えなかったのか。
確かに彼は何をしていても、どこか一歩離れている様な所がある。
だけれども、それは……。
思考はそこで止まる。その先を考えてはいけない気がした。
仕方なく、言いたい事の方向性を変える事にする。
「牛尾は、もう少し言いたい事を言った方が良いのだ。そうじゃなきゃ、三象のようになるぞ」
鹿目の軽口とも冗談ともつかない台詞に、牛尾はフフ…と笑った。
「それは三象君に失礼じゃないかな。…それじゃ、教科書ありがとう」
言って今度こそ自分の教室に戻っていく。彼の最大の武器である笑顔を携えて。
その背中を見送り、鹿目はため息を吐いたのだった。

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 犬と猫 <犬飼と猫湖>

「あの……」
後ろから声が聞こえた気がして、犬飼は振り返る。だが、後ろには誰の姿も見えない。
気のせいか、と思った瞬間、下から小さな声が聞こえた。
「どけて欲しい…かも
視線をそのまま下にずらすと、野球部の備品らしい道具を両手で抱えた猫湖が犬飼の後ろに立っていた。
ちなみに彼女のお気に入りの猫神様は道具の上にちょこんと乗せられている。
どうやら身長差がありすぎて、首だけで振り向いた時には見えなかったらしい。
40センチ近くも差があれば、分からなくはない話だ。
「あぁ、…悪い」
謝って道を譲ると、猫湖はその横を軽く会釈して通り過ぎようとした。が。
「きゃっ…」
道具で足元が見えなかった所為であろう。
石に躓いて、盛大に道具を道にばらまいてしまった。
「あ……」
転々と転がっていくボールや土にまみれてしまったグラブの類を慌てて拾い集める。
何となく見ていられなくなって、犬飼は仕方なく拾うのを手伝ってやった。
最後に、汚れてしまった猫神様の土をほろい、猫湖に手渡す。
「…ありがとう…かも
猫湖は俯きながらも礼を言った。そして、もう一度荷物を持とうとする。
だがその前に、ヒョイと犬飼が道具を持ち上げた。
「とりあえず、手伝う」
その台詞に、猫湖は非常に驚いた様子だった。
犬飼の女生徒嫌い−というより単に苦手なだけなのだが−を、猫湖は知っている。
その証拠に、同じクラスだというのにろくに会話もした事がない。
「でも、悪い…かも
「いい、大丈夫だ。お前はそれだけ持ってろ」
それ、というのは猫神様の事だ。犬飼は銀糸の髪をさらりと揺らして尋ねる。
「それで、何処まで運ぶんだ?」
「あの…部室の前まで…かも
未だ遠慮している猫湖を尻目に、犬飼は歩き出した。
おいていかれない様に、猫湖は小走りで犬飼に並ぶ。
まだ何か言いたそうにしている猫湖に、
「どうせ部室に行く途中だ」
きっぱりと言った。少しだけ猫湖が安心したのが分かる。
犬飼は、何とはなしに会話を続けてみた。彼にしては珍しい事だ。
「しかし、なんだってこんなもんをお前が運んでたんだ?」
「…まだもみじが来てなかったから…かも
普段なら力仕事に属する荷物運びなどの仕事は、すべて清熊が運んでいる。
けれども今日はその清熊がいなかったらしい。
それにしても無茶をするものだ。
身長147センチの小柄な猫湖は、見た目通りにかなり非力である。
犬飼ならばこの量の荷物でもなんら問題なく運ぶ事が出来るが…。
ちらり、と斜め前を歩く猫湖に視線をやる。
どう見ても、無理があるだろう。
「頼んだのは監督か?」
猫湖は振り向き、こくりと首を縦に振った。
やっぱりな、と犬飼は思う。
あの監督ならそういう事を猫湖に頼んだとしてもおかしくはない。
猿野ほどではないにしろ、羊谷も充分常識の範囲から外れているのだ。
「とりあえず、重かっただろう」
会話を続けながら部室の前まで行き、荷物を置いた。
そのまま部室内に入って行こうとする犬飼を、猫湖が呼び止める。
「…あ、あの……」
怪訝に思って首を傾げると、猫湖は顔を微かに紅く染め、
「…ありがとうございました…」
ぺこりとお辞儀をした。そして、脱兎のごとく犬飼の前から走り去っていく。
犬飼は珍しくフッと笑うと、着替える為に今度こそ部室に入ったのだった。

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 “Fall in love” <虎鉄と凪>

虎鉄大河が鳥居凪を初めて見たのは、凪が十二支高校に入学してから三日目の朝だった。
「あのっ…」
廊下で、声を掛けられた。
「これ、先輩のお財布じゃありませんか?」
言われてその手に握られている財布を見る。間違いなく自分の物であった。
「Ha〜ん、そうDa。サンキューNa」
「いえ…、では私はこれで…」
立ち去ろうとする少女に向かって声を掛けたのは、単なる気まぐれ。
その、はずだったのに。
「Hey!名前は何て言うんDa?」
酷く驚いた表情をして、それから。
「私ですか?…鳥居凪です」
惚れ惚れする様な笑顔。一瞬、確かに虎鉄は見惚れていた。
「それでは…」
失礼します、と丁寧に頭を下げてその場から立ち去る。
虎鉄にしては珍しく、ナンパの言葉すら出なかった。
きっと凪はもう忘れているだろう。そんな、他愛もない出来事だった。
次に会ったのは、野球部での初顔合わせ。彼女は野球部のマネージャーだった。
偶然、と言ってしまえばそれまでの事。
けれど虎鉄は、それに運命を感じたのだ。
例えこの恋が、叶わないと知っていても。

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惹かれる <屑桐と芭唐>

あの人が、硬球を投げる。

初めて見たのは多分中学の時のテレビ中継。
甲子園の球場で華武のエースピッチャーとして活躍しているのを見た。
どんな相手にも怯まない、その態度が。
何かを──手に入らない何かを、追い求める眼が。
まるで、鏡の中の俺。そう感じたのを覚えている。

勢いよく走った白球は、正確にキャッチャーミットに収まる。

けれどあの人と俺とは似ても似つかない。
背筋がゾクゾクとした。こんな人がこの世に居たのか、とそう思った。
俺に一番近くて、最も遠い人。
どうしようもなく、ただ、惹かれた。
だから俺は、華武に入学しようと思ったんだ。

一つ息を吐く。

入部してすぐ俺は一軍に入って、あの人に近付く事が出来た。
俺を認識したあの人は、一瞬何かを思い出す様に目を細めていた。
即座に元の仏頂面に戻り、何事も無かったかの様に振る舞ったけど。
それで判った。
ああ、この人も同類なんだ、ってな。俺に誰かを重ねているんだろう、ってのも。

軽く頭を振ってキャッチャーに何か指示を出す。

…野球をしていて壊しちまったもんがある。
それが悔しくてたまらないのに、野球を止められない。
大切だったはずなのに、もはや修正の効かない程にどうしようもなくなっている。
だから一層野球に打ち込む。もうそれしか残っていないから。

ゆっくりと、こちらを向いた。

アンタが俺を視てくれる事はないって識ってた。
それでもアンタに会ってみたかったんだ。
俺と似た瞳の、アンタと。

この後ミヤは叱られます(笑)

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甘い匂い <猿凪>

練習が一段落し、各自休憩中。オレは水でも飲みに行こうかと考えていた。
そこに、控えめな声がオレを呼び止める。
「猿野さん」
振り返ると、凪さんが立っていた。
「あの、どうぞ」
差し出されたのは真っ白なタオル。洗濯したばかりだとすぐ分かる様なタオルだ。
「あっ、ありがとうございますっ!」
緊張しつつも、その白い手からタオルを受け取る。
と、甘い匂いがした。でもそれは香水とかそんなんじゃなくて。
近寄るとふわりと香るような、そんな感じ。
「あ…」
「どうかしましたか?」
思わず呟くと、不思議そうに尋ねられてしまった。
「いえっ、なんでもないですっ」
慌てて首をぶんぶんと振る。いかん、これじゃオレが怪しいヤツだ。
いやまあもう手遅れかもしんないけど。
脳内でそんな事をめまぐるしく考える。
凪さんは不思議そうに首を傾げた後、ふんわりと笑った。
「練習、頑張ってくださいね」
「はっ、はい!このオレにどーんとまかせちゃってください!」
相棒とも言える沢松がいたなら絶対に何らかのツッコミがきたであろうオレの台詞にも、凪さんはうふふ、と優しく微笑むだけだった。
最近厳しいツッコミが多いので、ちょっと嬉しい反応だ。
何にせよ、凪さんが笑っていてくれれば、オレは何でも出来る気がする。
野球だって、彼女の為に始めたぐらいだしな。
もちろん今オレが野球をやってる理由はそれだけじゃない。
でも人間、基本を忘れちゃいけねーよな。
凪さんの笑顔のために、今日の練習も頑張ろうと思う。

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