連載終了前に書いていたものなので、原作の設定と異なる部分があるかもしれません。
紅い髪 <司馬と兎丸> 自宅学習 <鹿目と猿野> “牛乳” <屑桐と牛尾(中学)>
自分の場所 <芭唐と白春> 年上 <御柳と久芒> あの言葉 <犬飼>
翼 <屑桐と牛尾(中学)> 魔法 <屑桐と御柳> 約束 <猿野と凪>
迂遠の道 <屑桐と芭唐> どうでも良い話 <蛇神と牛尾> タバコ <黒豹と子津>
例 <屑桐と牛尾(中学)> “牡丹” <白春と録と御柳> 完璧 <屑桐と牛尾(中学)>
紅い髪 <司馬と兎丸>
ホームルームが終わった直後。
兎丸は隣の席に座る司馬の青い髪を見て、はぁとため息をついた。
それが聞こえたのか、司馬が心配そうに横を見る。
ん?と気付いて兎丸は慌てて手を振った。
「え?いや、別に具合が悪いとかじゃないよ」
それでもまだ心配そうな司馬に笑いかける。
「ほら、ぼくの髪って紅いでしょ?」
自分の髪に触れながら言う兎丸。
司馬はこっくりと頷いた。
「でも、どうせならシバくんみたいな色が良かったなーって」
不思議そうに司馬は首を傾げる。
「何でって…」
うーん、と少し考え込む。
「あんまり紅い髪が好きじゃないから…かな」
兎丸の言葉に、司馬は何か言い返した様だった。
端から見ればさっぱりだがこの二人の間では気にする様な事ではない。
その証拠に、滞りなく会話が進んでいる。
「ほら、光の下で見ると血みたいだなーなんて」
兎丸の笑顔が、少しだけ翳った。
司馬が慌てた様に兎丸の耳元で何か囁く。
「でも、僕は好きだよ」
「……え?」
驚いた兎丸に、さらに何か訴えかける。
「だって、兎丸の色だもの」
次の瞬間、兎丸の顔が微かに紅く染まった。
司馬の顔を見返す。
視線が合うと、司馬はにっこりと微笑った。
「うん、ありがと、シバくん」
兎丸は笑い返すと、カバンをつかんだ。
「さ、部活行こうか。なんか僕やる気になってきたよ!」
些細な事で落ち込んだり、単純な言葉で元気が出たり。
今はそんな普通の事が、酷く嬉しい。
兎丸は自分の紅い髪が、司馬のおかげで少し好きになれた気がした。
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自宅学習 <鹿目と猿野>
「…あれ?」
猿野が廊下を一人歩いていると、見覚えのある影が前方にあった。
小走りに近寄って確認すると、本人だった。向こうはこちらに気付いていない。
そこで、声を掛ける事にした。
「ほっぺ先輩じゃないっすか、どうしたんすか」
声に振り向いたのは猿野の野球部の先輩である鹿目筒良。
十二支野球部のエースピッチャーだ。…いや、もう引退したから元と言う事になるか。
鹿目は猿野の顔を見ると、不機嫌そうな表情になる。
「何だ、猿野か。ボクが学校にいたら悪いのか?」
「や、別にそんな事ないっすけど」
猿野は首を傾げながら続けた。
「三年生は自宅学習期間でしょう?」
今はもう2月。
普通の受験生はおおむね自宅で必死に勉強しているはずだ。鹿目も例外ではない。
「うるさいのだ。ボクのことなんか放っておくのだ」
相変わらずきつい物言いだ。
「やだぁ、ほっぺ先輩ったら照れちゃって〜。明美悲しい!」
明美と化してついでにほっぺをつついてみる。
「や、やめるのだ!こら、猿野…」
抵抗するが、悲しい事に身長差はいかんともしがたい。
「んもう、そう言われると気になるのよねー」
まだ明美のまま言う猿野。
鹿目は仕方なく理由を話す。別に大したことじゃない。
「図書室に用があるのだ!これで満足か?」
返し忘れた本を返却しにきたのだ。猿野から距離をとって言う。
「へぇ、そりゃまたご苦労様で…」
「そんな事よりお前、部活はどうしたのだ」
言われてはたと気付く。すでに部活の時間だ。
「うわ、やべっ。じゃ、オレ行きますんで」
「全く、これだから…」
「まあ安心してくださいよ、今年は甲子園に行ってみせますから」
鹿目が何か言い返す前に自信満々で答えつつ走り去る。
その背中を見送って、鹿目は図書室に歩き出した。
後で少し部活を覗こうかと考えながら。
そんな自宅学習期間の一コマ。
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“牛乳” <屑桐と牛尾(中学)>
100円で買った紙パックの牛乳に、ストローをさす。
牛尾は空を見上げながらちぅーと牛乳を一口飲んだ。
場所は屋上、隣には屑桐がいる。
穏やかな昼下がり、陽はぽかぽかと暖かい。
ストローから口を離してぷはっ、と息をはいた。
その様子を何とはなしに見ていた屑桐は、牛尾の手にある牛乳を見て少し目を細めた。
「…珍しいな」
言うと、柔らかな緑の瞳が屑桐の方を向く。
「うん。何となく普段と違うものが飲みたくなってさ」
牛尾は普段は大抵紅茶を飲んでいる。
種類は様々だが紅茶以外のものを飲んでいるのは非常に珍しかった。
「一口よこせ」
ふと思いついて牛尾の手から牛乳を奪い、口を付ける。
牛尾は一瞬ぽかん、とした顔をして、屑桐の行動を見ていた。
それから少し遅れて「あっ」と言う。
その声と共に、屑桐は牛尾に牛乳を返した。
「ひどいよ、屑桐君!」
むうーっと牛尾が抗議すると、屑桐は微笑しながら牛尾の頭にぽんっと手を乗せる。
「トロいキサマが悪いんだろ」
牛尾は唇をとがらせた。
その仕草があまりにも中学生らしくなく、またも屑桐は笑う。
「だいたい、中学にもなってストローなんざ使うか、普通?」
「…良いじゃないか、別に。僕の勝手だろう?」
すねた様に言う牛尾に「あー、悪かったって」と言って屑桐は床に寝そべった。
その姿を見て、牛尾はもう一口牛乳を飲む。
牛乳がさっきよりも甘く感じたのは──きっと気のせいだと思いながら。
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自分の場所 <芭唐と白春>
「な゛あ、ミヤ」
「何っすか、久芒さん」
久芒は、深くため息をついた。
「いい加減、練習に戻れ゛」
今は朝練の時間…のはずなのだが。御柳は学校に来てからずっと久芒の傍にいた。
「ええー、良いじゃないっすか」
その笑顔がにこにこ、と言うよりはにやにやに見えるのは目の錯覚だろうか。
とりあえずどちらでも良いから早く居なくなって欲しいと痛切に思う。
「良くね゛ぇ」
間髪入れずに言うと、御柳はひどいっ!と泣き真似をした。…わざとらしい。
さてどうしようかと悩んでいると、聞き慣れた声が聞こえる。
「あれぇ、ミヤ、また白春につきまとってる気?(?0?)」
久芒と同じ学年の朱牡丹だ。助かった、と息をつく。
朱牡丹に──勝手に──後を任せ、久芒は朝練に戻った。
「何でミヤはオラに構うんだぁ?」
問うと、御柳は何を訊かれたのか分からない、という顔をした。
これは演技では無く、本気であるらしい。
そこで、もう一度。今度は少し変えて。
「オラの近くにいたって良い事は無いング」
「何言っちゃってるんすか。オレにとっては良い事だらけっすよ」
久芒は眉を顰める。いつだって御柳の言う事は理解しがたい。
「オラは何もしてやってね゛ぇぞ?」
だから自分の傍に居るくらいならもっと必要とされている場所に居た方がきっと良い。
そう言う久芒の言葉を、御柳は笑い飛ばした。
「だって、先輩の隣が、オレの場所ですから」
そこに居てくれるだけで充分なんすよ。
自信満々で言い切るその表情はどこか誇らしそうですらあって。
思わず、久芒は笑ってしまった。
いつもいつも、この後輩には驚かされてばかりだ。
そうか、そんな単純な事で良いのか、と。苦笑混じりに納得する。
「あ、ちょっと感動しました?」
笑って言う御柳を長い袖で軽くはたく。
「んな事ねえ゛。…ミヤ、練習行くぞ」
ごく自然に言われて御柳ははっとした表情を浮かべ、
「待ってくださいよ」
嬉しそうに久芒と並んだ。
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年上 <御柳と久芒>
御柳ははぁ…とため息をつく。
「何でっすかねぇ」
隣に座る久芒は何も言わない。
話を聞いているのかすら分からないが、御柳はいっこうに気にしない。
「こればっかりはどうしようもないんすよねぇ」
相変わらず久芒は無言を貫いている。
実際の所、御柳にとって話す相手など誰でも良いのだ。
聞いているのがあの人でなければ意味などない。
それが独白だって構わないのである。
ただ今は久芒が隣にいるから話している。ただそれだけ。
それでも久芒は良い聞き手である。…少なくとも朱牡丹よりは。
何も言わなくても、話を聞いているのか分からなくても、最後には欲しい言葉をくれる。
その点では、御柳は甘えているのかもしれない。
しかし、それすらもどうでも良いのだ。
御柳の中で意味があるのはただ一人だから。
だから、言いたい事をつらつらと言える。
本人の前では決して言う事は出来ないのは充分分かっていたから、と言えなくもない。
「ほんとに、こんな事言いたかないっすけど…」
何もない空間を見つめる瞳は空虚でいて、どこか熱っぽい。
「何であの人は年上なんでしょうね」
視ているのは、御柳がただ一人と決めた人。
けれどあの人の中に御柳はいない。
同じ年に生まれていたのなら、自分の存在を刻み込めたと断言できる。
現実には彼は年上だから、彼と出逢ってしまったが。
その前に出逢えていれば、また別だったのだろう。
だが御柳が彼と会ったのは高校に入ってからで、それ以前の彼の中には入り込めない。
正確に記するなら、入り込ませてもらえない。
御柳が彼を想う様に、彼にもまた想い人がいるから。
知り合った時には、あの人はもう拭いきれない存在と出逢ってしまっていた。
それが、酷く残念だった。
「せめてオレの事を見てくれれば幸せにしてあげるのに、ねぇ…」
ため息混じりに苦笑して目を閉じる。
そこまできてやっと久芒が口を開いた。
「でも、諦め切れないング」
これがどちらに対しての言葉か御柳には量りかねたが、目を開く。
「そうなんすよねぇ…」
呟きは彼に届かないまま風に溶けて消えた。
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あの言葉 <犬飼>
“あの人”の、あの言葉。
それが今でも耳に残っている。
あの頃は今と同じように辰羅川が居たほかに、“あの人”と……御柳がいた。
そっと目を閉じる。
外界と自分を隔離する様なイメージを描く。
そうやって記憶の世界に入り込む事を日課としていた。
すぐにでも、色鮮やかに思い出せる。
懐かしい、あの頃。
全てが輝いていた日々。
『犬飼よ』
今はもう戻らない事くらい判ってる。
だからきっとこの記憶を手放したくないんだってことも。
『いつでもお前の挑戦受けて立つぜ』
そう言っていたのに。
どうして、どこで道を間違えたのだろう。
別れてしまった道。
…途切れてしまった、道。
『テメーがオレくらいでかくなるまでな…』
会いたくても、もう二度と会う事が出来ない。
それもこれも全てあいつの所為だ。
その所為で一時期は野球すら出来なかった。
これ以上何かを失う事が怖い。
でも、それでは何も変わらない。
だから、また野球を始めた。
記憶の中の“あの人”を討ち取れる様に。
“あの人”の代わりにあいつを倒す為に。
それが、今のオレのすべて。
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翼 <屑桐と牛尾(中学)>
「 〜この大空に翼を広げ 飛んでゆきたいよ」
隣に居た牛尾がぽつり、と歌う。
屑桐は折り紙を折る手を休めて、牛尾を見た。
多少訝しげなのは歌が唐突だったからだ。
「悲しみのない自由な空へ 翼はためかせゆきたい…」
牛尾はぼんやりと青空を見ている。
屑桐が自分の方を見ているのすら気付いていないのかもしれなかった。
「何だ、キサマ、飛んでいきたいのか?」
多少冗談めかして言うと、牛尾も笑顔でそれに応じた。
「別にそうじゃないけど…」
ふぅ、と息を吐く。
「本当に、富とか名誉はいらないけど、翼なら欲しいかも」
そうは思わないかい?
訊かれて、屑桐は肩をすくめてみせた。
相変わらず突拍子も無い事を考えている、と表情が如実に物語っている。
「さてな、考えた事がないが」
くすくすと牛尾は笑う。
「そうだよね、君は無いんだろうな」
「キサマはあるようだがな」
他愛ないやりとり。いつもの事だ。
牛尾はまた空に視線を戻した。その姿を屑桐はじっと見つめる。
ふいに、本当に翼が生えたら、こいつはどこかに行ってしまうのだろうか、と。
そんな考えが頭を過ぎった。
牛尾の外見で翼があったらシャレにならないかもしれない。
なにが、とは敢えて言わないが。
軽く首を振って、気分を変える様に屑桐は口笛を吹いた。
曲は、今牛尾が歌っていた曲だ。
決して上手いとは言い難いが柔らかい旋律が響く。
「うわぁ…凄い、魔法の様だね」
牛尾の瞳がきらきらと輝く。
「…随分安い魔法だな」
照れて言うと、怒った様な、困った様な顔で言い返された。
「僕が感動に浸ってるのに、いきなり夢を壊す様な事を言わないでよ」
そして、二人そろって笑い出す。
しばらくして牛尾が
「でもね、本当は翼より君と一緒に居られる時間がもっと欲しいよ」
そう呟いた。
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魔法 <屑桐と御柳>
口笛の音が聞こえた気がして、御柳は薄暗い部室の扉を開けた。
音が、途切れる。中を覗くと、ベンチに屑桐が座っているのが見えた。
「…御柳か」
声を掛けられて仕方なく御柳は部室に入る。
「どーも」
一応返事をしたが、会話が続かない。
本来的には電気をつけた方が良いのだろうが何となくそんな気分にはなれなかった。
沈黙の中、御柳は先程聞こえた曲が何だったかを思い出す。
ゆっくりと、口笛を吹いた。
屑桐が一瞬目を見開く。だが暗かった為、御柳に見られる事は無かった。
「…聞いていたのか」
問われて口ごもる。
「えぇ、まぁ…。別にわざとじゃないっすけど」
せっかく珍しく二人しかいないのに、と御柳は思った。
こんな事しか言えないなんて。
「今の曲、好きなんすか?」
尋かれて屑桐は少し考え込む。
「いや、オレはそうでもなかったな」
答えを聞いて、御柳は口唇を噛んだ。
──じゃあ、誰が好きだったんですか。
もしかしたら、勘繰りすぎかもしれない。妹や弟が、だったのかもしれないのだから。
けれど一度閃いた考えは御柳の中を黒く重く浸食していく。
だから、訊かなかった。
口に出せばもっと不快な事になりそうだ、と、そう感じて微かに眉を顰める。
そんな御柳の様子に気付かず、屑桐は何かを思い出す様に目を少し細めた。
『うわぁ…。凄い、魔法の様だね』
声が、まず思い出された。
次いで、嬉しそうな笑顔が。
まざまざと甦る懐かしい記憶。
あの時、本当に翼が生えてどこかに飛んでいってしまうのではないかと思った。
だから引き留めたいと思ったのだ。自分の隣に。
魔法の様だ、と言っていたその存在こそが、屑桐にとっては魔法みたいだった。
一言一言がまるで魔法の言葉であった。
本人はおそらく最後まで気付いてはいなかったのだろうが。
「魔法の様、なんだそうだ」
御柳は首を傾げる。
「口笛がっすか?」
「ああ、そうらしい」
頷く屑桐。
何を、誰を、思い出しているのだろう。
御柳には分からない。が、少なくとも訊く事が出来ない事だけは判る。
その距離が、ただ、今は御柳に寂寥感を感じさせた。
「…すんません、お先に失礼します」
これ以上この場所にいたくなくて、御柳は一礼して部室の外に出る。
一息吸って、駆けだした。
「聞かなきゃ良かったかなー…」
二人っきりで居られた今日の記憶は、同時に近づけない距離を思い知らされた記憶ともなってしまう。
何とも痛々しい事だ。
自嘲気味に嗤って御柳は帰途についた。
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約束 <猿野と凪>
「凪さん!!」
人のあまり通らないグラウンドの端。そこで、凪は声を掛けられた。
振り向かなくても声だけで誰だか分かる。凪は微笑んで声の主を見た。
「どうなさったんですか、猿野さん」
天国は走ってきたらしく、少し息を切らしている。
「あー…っと、いえ、別に特に何かあったわけではないんすけど」
凪さんのお姿が見えたんで。
その言葉を聞いて、凪はちょっと嬉しくなった。
それはつまり自分の姿を見たから走ってきてくれた、という事だ。
「えっと…そう、凪さん、この間はすみませんでした」
華武戦の事を言っているらしい。
でも、と天国は続ける。
「絶対に凪さんを甲子園に連れて行くって約束します」
約束…その響きが凪は嬉しかった。天国が本気だと分かったから。
けれど、出来る事なら、もう一つ守って欲しい事があった。
わがままだとは、分かっている。それでも言わずにいられなかった。
「もう一つだけ、約束してください」
凪は天国を見上げる。その表情は、とても静かで真剣だ。
「はっ、はい。なんでしょう?」
「あまり、無理なさらないでくださいね」
真っ直ぐに、言われた。視線の強さに天国は少しだけ驚く。
「無理なんて…」
笑ってみせた。
「してないっすよ。こんなん全然余裕ですって」
それには答えず、凪は優しく笑う。
「だから、凪さんは笑って見ててください」
「猿野さんは…」
一度言葉を句切った。
「猿野さんは、いつでも一生懸命だから少し、心配だったんです」
天国は一瞬何かを言いあぐねた様に凪を見る。
決心をして、口を開こうとした瞬間、自分を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、猿野さん、呼ばれてますよ」
「〜〜〜そうっすね。じゃ、凪さん、失礼します」
言い損ねた言葉は口に出される事無く霧散する。
残念そうに去っていく背中を、凪はしばらく真面目な顔で見守っていた。
お互いの想いが通じ合うのはまだもう少し先───。
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迂遠の道 <屑桐と芭唐>
あいつとオレとはもう戻れない迂遠の道に入り込んでしまっていて。
あの頃から随分と遠い場所にいる。
教室の片隅、窓側の席。そこで御柳は突っ伏してぼんやりとしていた。
遠くからはどこかの部活の声が聞こえる。
考えてしまうのはこの間会った幼なじみの事。
けれどそこにあるのはもう戻れないという現実。
昔自分が居た位置に他の奴が収まっているのを見て壊したくなるのは…認めたくは無いがきっとまだ諦めきれないからだ。
懐かしい思い出を捨てきる事が出来ない。捨ててしまえば、楽になれるはずなのに。
御柳はその考えを振り払う様に首を振った。
「…バカか、オレは」
小さく呟く。その言葉は誰にも聞かれない、はずだったのだが。
「気付いているのなら、直せ」
いきなり響いた声に御柳は驚いて顔を上げた。…無人だと、思っていたのに。
いつの間にか入り口辺りにユニフォームを着た屑桐が立っていた。
「屑桐さん…」
常になく間の抜けた顔をする御柳を見て、屑桐は少しだけ口の端をつり上げる。
「いつから居たんすか?」
「少し前からだ。頭を抱えているからどうかしたのかと思ったのだが…心配なかった様だな」
そう言って御柳に背を向けた。
「部活だ」
一言を残し、教室から去る背中。
…おいていかれるのか。
ま た
思わず何も考えずに屑桐の出て行った出入り口に走る。すると。
「急がないと遅刻するぞ」
廊下の壁に背を預けた屑桐に気付いた。同時に、どっと押し寄せる安堵感。
「…待っててくれたんすね」
自分のらしくない行動に苦笑しつつ、御柳は問いかける。
「当たり前だ。何故オレがここまで来たと思っている」
ぱちぱちと目をしばたかせ。
「…もしかして、探しに来てくれたんすか?」
訊くと、屑桐は肩を竦めて見せた。
「仕方ないだろう。お前の居場所くらい見当がつくからな」
何気なく言われた言葉に御柳は嬉しくなる。
沈んでいた気分が彼のおかげで浮上していく。
「…ありがとうございます」
素直に礼を言うと、物珍しそうな目で見られた。
だが屑桐はそれについては触れず、歩き出す。
「行くぞ」
御柳に声を掛けて。
「はいっ」
嬉しそうに、御柳は屑桐の後を追いかけた。
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どうでも良い話 <蛇神と牛尾>
「牛尾…」
教室で独りじっと前を見つめる牛尾に声を掛けたのは、蛇神であった。
はっとした表情で牛尾が振り返る。
「蛇神くん…」
牛尾は自分が普段ならあり得ないくらいぼうっとしていた事に気付いた。
慌てていつもの笑顔で対応する。
「どうしたんだい?」
「部活の時間也」
言われて腕時計を見ると確かにそろそろ行かないとまずい時間になっていた。
「あぁ、本当だ。すまなかったね」
急いで立ち上がって荷物をまとめる。
蛇神は少し眉を顰めた。どう見ても牛尾の様子がおかしい。
思い当たる事は…無いわけでもない。
「どうした、牛尾。…もしや、この間の華武との試合に関係あるのか?」
不意を突かれて驚く牛尾。
「…僕、そんなにわかりやすい顔をしていたかい?」
「うむ」
即答され、苦笑しながら牛尾は頷いた。
「うん、考えていなかったと言ったら嘘になるかな」
正確に言えば試合の事だけでは無いのだ。だが、そこまでは言わない。
それは牛尾が無意識のうちにストップをかけているからであった。
人に、頼りすぎない為に。
「…あの投手の事等、か?」
その発言に牛尾はちょっと目を見開いた。
「さすがだね、蛇神くん。よく分かってるなあ」
問われれば答える。けれど自分からは聞かれた以上の話はしない。
中学を卒業して身につけた、自分を守る術。
「何があったか…は、聞かぬ方が良いのか?」
すっと、牛尾の周りの空気が冷える。しかしそれも一瞬で。
「…どうでも良い話さ。もう、ね」
次の瞬間にはいつもの笑顔に戻っていた。蛇神は内心こっそりため息を吐く。
相変わらずつかみ所の無い様に見せかけるのが得意な人間だ、と思う。
こう言われてしまったら、それ以上深く尋く事が出来ないではないか。
それでも君が必要だ、と言われれば共に居たくなる。
「さ、部活に行こうじゃないか」
牛尾は気付いていない。これからもきっと気付く事はないのだろう。
自分が手を差し出すのはとても残酷な事だという事実に。
いつか“どうでも良い話”が本当にどうでも良くなる事を祈りつつ蛇神は牛尾と並んだ。
何か詰め込みすぎで訳の分からん話に
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タバコ <黒豹と子津>
「黒豹さん」
普段通り子津が校舎裏で練習をしていると、今日も黒豹がやって来た。
「お、今日もやってるみたいやな」
言って壁沿いに座り込む。
暫く子津の様子を見て、おもむろに煙草を吸い始めた。
それに気付いてちょっと困った様に眉を顰める。
「またタバコっすか?」
「何や、子津も吸いたいんか?」
訊かれて慌てて首を振った。
「け、結構っすよ。そうじゃなくて…」
やや小声になりながら、子津は尋ねる。
「タバコなんか吸って良いんすか?」
その言葉を聞いて黒豹はニヤリと笑った。
八重歯が光った、様な気がしたのは子津の気のせいだろうか。
「心配せんでも大丈夫やって。あんさんの練習にはちゃんと付き合ってやるさかい」
「いえ、あの、それもあるっすけどそれより…」
心配そうな表情で続けた。
「タバコは体に悪いっすよ?」
本当に心配しているらしい子津の様子に黒豹は少し驚く。
同時に、微かに胸が温かくなった、気がした。
ふ、と息を吐きつつ微笑う。
この少年は、何か忘れかけていたモノを思い出させてくれる。
「そやなぁ、じゃあ今日はあんさんに免じて煙草吸うのはやめとくわ」
言うと、子津はひどく嬉しそうに笑う。
その素直さがうらやましくもあり、また懐かしくもあった。
「ありがとうっす」
黒豹は照れたのを隠す様に立ち上がる。
きっと今の自分に足りないモノ−それが何かは判らないが、それをくれる存在。
けれど真面目なだけではこれから保たないだろう。
壊れそうになる時が来るだろう。
その時には、自分が教えてやろうと思う。少しは息を抜く事も必要だという事。
それは例えば煙草を吸う事だったり酒を飲む事だったり、あるいはもっと違う事だったりするのだろう。
「さて、練習再開やな」
遠くないうちに、この少年の努力は報われるだろう。
それは予測では無く、確信。
黒豹さんのキャラが掴めません。ついでに関西弁が分かりません。
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例 <屑桐と牛尾(中学)>
例えば、この唇から零れる言葉が全て嘘だとしても。
君にだけは、見破って欲しい。
僕は他の誰でもない君にだけ裁かれよう。
それが例え君にとって迷惑な事だと知っていても。
君に裁いて欲しいんだ。
──天は、何も裁かないから。
「屑桐」
声を掛けると、面倒くさそうに、でもちゃんと振り向いてくれた。
「…なんだよ」
「野球に必要なものってなんだと思う?」
唐突な僕の問いに、屑桐は眉をひそめた。それを見て、僕は笑う。
「そうだな、例を出そうか。例えば…努力とか」
屑桐はまだ顔を顰めたままだ。何か、考えてくれているのだろうか。
分からないまま、言葉を続ける。
「…野球には、奇跡も偶然もないだろう?」
「そりゃ、まあそうだろうが…」
微かに頷き、僕の方を向く。
「お前が訊きたいのは、もっと別の事なんじゃねーのか?」
言われて、はっとする。彼は時々、驚く程鋭い。普段は多少鈍い位なのに。
「……神様は、居ると思うかい?」
少しのためらいと共に尋いてみた。馬鹿な事を、と一蹴されるだろうか。
だが、僕の心配は杞憂に終わった。
「さあな。お前は、信じてんのか?」
逆に聞き返されて戸惑う。僕は……。
「居ればいいな、とは思うよ…。本当に。」
そう答えると、屑桐はちょっと眼を細めた。
「お前、それじゃ居ないって言ってるのと同じだろ」
「そう…かな」
「…俺は、居たっていいと思うぜ?」
意外な言葉に驚いた。屑桐がそんな事言うなんて。
「うん、そうだね…」
頷いて、目を閉じた。
僕の言葉は偽りばかり。
本当は知ってる、神様なんて居ない事。
だから、天は何も裁いてくれない。
例え僕がどんなに祈ったとしても。
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“牡丹” <白春と録と御柳>
「そういや、牡丹の花って“花の王”とか呼ばれるらしいっすね」
そう言ったのは生意気な後輩の御柳芭唐。
「ミヤ、いきなりどうしたング?」
久芒白春は怪訝な顔をした。隣に居る朱牡丹録の表情も似た様なものだ。
「いえ、ちょっと朱牡丹先輩見てて思い出しただけなんすけど」
芭唐は軽く頭を掻きながら笑う。
「でも朱牡丹先輩じゃ“王”って感じはしないっすよねー」
思わず録はこのお気楽そうな少年の頭を叩こうとした。
が、いかんせん身長が届かない。それに気付き、結局蹴りを入れる。
「いってぇー、何するんすか!?」
「お前失礼気〜!!それはこっちのセリフだっての(`ε´) 」
怒る録に御柳はあはは、と手を振った。
「だって本当の事じゃないっすかー」
内心白春も同意したが、芭唐とは違い顔にも態度にも出さない。
そのため録に気付かれる事はなかった。代わりに別の事を口にする。
「ミヤ、その話、どっから聞いたんだあ?」
録もそういえば、と思った。
確かに芭唐が自分でそんな事を調べるとは思わないし、思えない。
「あぁ、屑桐さんから聞いたんすよ。何かの折に」
芭唐はあっさりと答えた。その返答に二人は納得する。
「やっぱり屑桐さんか(-_-)」
「屑さんは物知りングだべな」
二人のセリフを聞いて芭唐は何やら文句を言おうとした。
が、視界の端に屑桐無涯の姿を捉え、急に上機嫌になる。
「屑桐さーん」
芭唐が声を掛けると、無涯は気付いた筈だが声の主故か振り向かなかった。
いい加減芭唐の相手をしたくないらしい。
ちぇーと口をとがらせ、芭唐は無涯の方に走っていった。
「ミヤも頑張る気だよねー(^_^;)」
相手にされていない事は分かっているだろうに懲りないな、と録は笑う。
白春も深く頷いた。
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完璧 <屑桐と牛尾(中学)>
よく周りの人からは“完璧だ”なんて言われるけれど。
そんな事無いのは自分が一番よく知っていた。
屋上に行くと、いつも通りそこに屑桐が居た。澄んだ空気がとても心地良い。
屑桐は僕が来たのに気付くと、顔を上げて少し目を細めた。
「また折り紙をやってるのかい」
僕が声を掛けると視線を前に戻す。
「黙れ、坊っちゃんよ」
そう言って、折り終わった紙飛行機を空に向かって放った。
風に吹かれて紙飛行機は遠くまで飛ぶ。
青空の中にくっきりと紅い色が映えて綺麗だな、と思った。
今のものの他にも、屋上にはいくつか彼の折った折り紙が散らばっていた。
そのうちの一つを手に取る。それは、綺麗に折られた鶴。
きっと彼じゃなくても普通は折り方くらい知っているものだろう。
でも、僕はそんな簡単な事さえも知らない。
こんな僕の、どこが“完璧”だというのだろう。
「…なんて顔してんだよ」
不意に掛けられた言葉に我に返る。視線を上げると、屑桐が僕の事を見ていた。
「………え?」
そして気付く。自分が今にも泣きそうな顔をしていた事に。
「あ……なんでもない、よ」
慌てて笑顔を作った。
幸いな事に屑桐はそれ以上言及せず、そんな優しさをありがたく思う。
「お前も何か折るか?」
差し出される一枚の折り紙。薄いクリーム色のそれを僕は受け取ろうとして、躊躇する。
「でも僕、何も折れないから…」
言うと屑桐は呆れた様に少し笑った。嫌な笑いではなく、仕方ないなといった笑顔。
「お前、本当に何も出来ねーな」
その言葉に、とても嬉しくなる。あぁ、君だけだ。
屑桐はいつでも本当の僕を見てくれる。そして、僕に手をさしのべてくれる。
「あのね、僕、紙飛行機が折りたい。教えてくれないかな?」
折り紙を受け取って、頼んでみた。
少し驚いたらしい屑桐は、思いの外簡単に教えてくれる。
「…出来たっ!」
丁寧に折ったつもりだったけれど、やはり屑桐に比べると随分いびつだ。
「…不器用な奴」
呟かれた言葉は聞こえないふりをする。
僕は“完璧”なんかじゃない。それを知ってくれている人が居るのは、幸せだった。
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浴室 <屑桐と牛尾(中学)>
躯が、重い。
何故だろう、そのはずなのにどこか自分の体では無い様なくらい軽い気もする。
はっと目を開けると、そこは見慣れた浴室。
ぼんやりした頭で、どうしたんだろうと考える。
「…あぁ、そうか」
疲れすぎて浴槽に入ったまま寝ていたらしい。
牛尾は軽く頭を振って、大きくのびをした。
「っていう事があったんだけど、屑桐はそういう事ないかい?」
昼の屋上、牛尾は向かい側に座る屑桐に尋く。
屑桐はちょっと首を傾げ、「そうだな」と呟いた。
「無いわけじゃねぇな。そんなによくあるわけでもねーけど」
やっぱり、と牛尾は頷く。かなり満足そうに。
「でもね、お風呂に入ってる時のって寝てるんだと思ってたけど、実は違うんだって」
いまいち言いたい事がよく分からない屑桐に、牛尾は新しい知識を披露する。
「あれは、失神なんだってさ」
微かに屑桐は眉をひそめた。
屑桐の表情を見て、牛尾は頬をふくらませる。
「あ、その顔は信じてないね!?」
「別に……」
「本当だよ!嘘じゃないよ!」
勢いよく言う牛尾に、屑桐はその頭を軽く叩く事で落ち着かせた。
「分かった分かった。分かったから落ち着け」
牛尾は座り直し、説明する。
「何か、浴室の中だと酸素が足りなくなるから一時的に意識を失うんだそうだよ」
「ふーん」
生返事で相槌を打つ。実際の所、屑桐にはあまり興味のない話だった。
牛尾も喋りたい事を喋りきった為、それについてはもう良いらしい。
「あ、屑桐!次移動だよ、そろそろ行かなきゃ」
唐突に思い出し屑桐を急かす。
結局牛尾が何を言いたかったのかよく判らないまま、屑桐は立ち上がって屋上を後にした。
この牛尾さんは、言いたい事を言ってしまったら後はさっぱり忘れそうなタイプだと思う。何となく。
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手袋 <牛尾と猿野>
それは、何気ない一言だった。
「キャプテンって、いつも手袋してますよね。何かあるんすか?」
問うた猿野には特に深い意味は無かったのだ。
単に会話の接ぎ穂に困っただけで、思いつけば何でも良かった。
例えば明日の練習試合の事でも。
猿野に尋かれ、牛尾は一瞬動きを止める。
そして不透明な笑みを形作った。真意の見えない、見せない笑み。
それを自分で判っていて、牛尾はわざと答えにならない返答をする。
「猿野くん、知らないという事は、それだけで罪なんだよ」
と、目の前にいる綺麗な人は美しく微笑んだ。
オレはその言葉よりもその美しさに見とれる。
キャプテンを見ながら、ぼんやりと言われた言葉の意味を考えようとした。
だけど上手くいかない。意識が持って行かれて考えがまとまらないのだ。
微笑んだまま、キャプテンは視線を落とす。
「…この手袋は、僕が無知だった事の証だ」
牛尾は愛おしそうに手袋を見る。
その視線の先にあるのが自分では無い事が、猿野には何故だか非常に残念だった。
歌う様に言葉を続ける牛尾。
「昔の僕は、本当に愚かだった」
全てがこの手から滑り落ちてから、やっと気付いたんだ。
…知る事は、辛い。むろん何もかも知る事なんて出来はしないけれど。
何かを知る事は痛みを伴うのだと識った時、その時にはもう遅過ぎた。
自分の愚かさすら知らないままで無邪気に笑っていられた時代はとうに過ぎたのだ。
「これはね、戒めなんだ。その事を二度と忘れない様に」
本当に大切だったものは失って久しい。
だからせめて自分に残された残滓だけはこれ以上失くさないために。
「満足かな?」
じっと見つめる猿野の頭を軽く撫でて、牛尾は笑いかけた。
「…あ、はい」
「君にも判る日が来るさ。いや、そんな日は来ない方が良いのかな…」
知らない事は、不幸な罪だ。だが知ってしまう事はこんなにもつらい。
いつか手袋の下の傷が癒える日が来るのだろうか。
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