「──逃げないっすよね」
冥が言い、天国は目を瞠る。
「冥?」
「逃げないっすよね。完全犯罪が目的ではないだろう。あんたは見せびらかしていた。
あんたの十字架を」
「僕の十字架は、あの人だった」
牛尾はそう言って、静かに話し始めた。
「僕は日本で生まれ、日本で育った。生まれた国の文化になじませるという両親の教育方針で、日本の小学校へ通ったんだ。
嫌なこともあった。……いいことも」
彼の目は、次第に遠い時代に帰ってゆく。
「あの人が、僕の<いいこと>だった。
特別扱いしなかった。平等にしてくれた。笑わなかった」
PiRRRRR
鳴りだした携帯電話に、芭唐が舌打ちした。
「俺だ!ンの用だ?──あ!?馬鹿野郎どもが!!」
はげしい怒声が起こる。芭唐はみじかい会話のやり取りのあいだに、羊谷に視線を向ける。
「兵隊のミスだ。昼間の女に、屑桐の接触があったのを、今まで忘れてやがった」
「!」
彼らははっとする。再び芭唐が怒鳴りつけた。
「ヤツの居所がわからねえ!?いつからだ!?」
二時間、という言葉に誰もがぞっとした。
もう、場合によればすべてが終わっている……。
「クソだらァ。──俺の名で動く兵隊、全員集合かけろ!探せ!」
「探す必要はないよ」
そう言ったのは、牛尾だった。
「なんだと──?」
芭唐がにらみつける。
「行かなくても、彼は来る……ここへ」
「!」
牛尾は、祭壇にもたれ、目を閉じた。話しかけていた言葉を止めたまま、動かなくなる。
天国たちは、立ち尽くした。かける言葉がない。
沈黙が続く。なぜ屑桐が来るとわかっているのか、聞きたくて聞けなかった。
恐らく言うまい──彼は。
五分か十分、あるいはもっと長い時間がすぎた。緊張に胃が痛み、天国は手で庇うようにした。
やがて、建物の裏手に物音がしたとき、牛尾は目をあけた。
「行こうか、……会いに」
誘うように言って、先に歩きだす。判断をあおいで羊谷を見ると、彼はうなずいた。
探偵団メンバーは牛尾について外に出た。
月明かりのなか、牛尾は古い物置へと向かってゆく。
教会の裏に寄り添うように立ったそれは、深い闇のなかに沈んでいる。
ヤな……カンジ。
ぞっとするものを感じ、天国は背が冷えた。
物置の扉についている、南京錠が開いていた。牛尾は扉をあけ、中の階段を下りだした。
地下室?
霊廟のような石の蓋が、ずらされて床におかれている。牛尾は湿った木の階段を軋ませ、突き当たった扉を開けた。
木箱や古新聞が積まれている。石の床には、刻まれた綿のかたまり。ほつれた茶色のフェイクファー。
裸電球に照らされて、男が一人立っていた。
屑桐無涯!
昼間と同じカジュアルな格好をした彼が、そこにいた。ひどく疲れた様子で、下りてきた彼らを見上げる。
天国に気づかないようだ。このスーツのせいだろうか。
牛尾は、屑桐に話しかけた。
「どうだった?」
屑桐は首を振る。
「あれには、お前の十字架はなかった」
「そうか」
お前の十字架?
牛尾が振り向く。だしぬけに、続きを話しだした。
「あの人はいい友人だった。僕はそう信じていた。けれど彼は違った。僕を愛していた」
──彼?
聞き間違いかと天国は思った。屑桐が眉をひそめる。
「またその話か。もう止めろ」
「お前さんが、こいつの十字架か?」
羊谷に問われ、屑桐の顔色が変わる。
「何……?」
「すべて知られてしまったよ、無涯」
牛尾の言葉に、屑桐がはっとした。
「知られただと!?−−お前らは!!」
天国たちに気づいた彼は、取り乱した。腕を振って、牛尾につめよった。
「なぜこいつらがいる?絶対にバレない。日本人は英語のメッセージに気づかないって言ったのは、お前だろう!?」
「探偵に、帰国子女がいるとは考えてなかった」
「────!」
「その話って……なんだ?」
天国の訊きたかったことを、冥が言った。
屑桐が鼻白み、牛尾は反対に薄い笑みを浮かべた。
「無涯が、僕を十字架にかけた話さ。友達だと信じていた僕を、愛して」
最後のセリフが、天国には「殺して」に聞こえる。
「まさか、ソドム…?」
檜がつぶやく。
そどむ?
「同性愛って事だ、バカ」
もみじが一瞥するのと同時に、屑桐が言った。
「仕方がないだろう。俺は初めからお前が好きだったんだ」
彼は肩で息をし、すべてを吐きだすように続けた。
「まだ子供だったんだ。伝える方法がそれしかなかったんだ。知らなかったんだ、お前や、お前たちの教義なんて」
聞いたことがあるような気がした。たしか、キリスト教では同性愛を禁じている。
「『女と寝るように、男と寝てはならない。寝たら、二人とも必ず、殺されなければならない……』」
薄笑いの牛尾のつぶやきに、レビ記、と檜がひとこと呟く。
男と、寝てはならない。
つまり、牛尾は屑桐に力ずくで……?
女性たちの冷たい視線が向けられるなか、彼は気にした風でもなく言った。
「そんなもの知らなかったんだ」
「僕が子供のころから教会に通っているのを、無涯は見ていたね」
目を細めた牛尾が、訊ねる。
だが、通うのを見ていたって、中身までわかるはずがない。それを、牛尾はこうやって言い続けてきたのだろう。
「あの日……、すべてが破壊されて、僕が夜中祈った声が、無涯には聞こえたかい?繰り返し繰り返し、祈った声が」
二人とも、まだ十代初めだったはずだ。
少年だった牛尾が、敬虔な信者であればあるほど、傷は深かったに違いない。心ならずも神に背いたと、絶望に陥っただろう。
「聞こえなかったと、何度も言っただろう。だから、俺はお前に責められた。同じことを、何千回も言われ続けた」
屑桐がつぶやいた。
思いを遂げたはずの彼も、自分の恥ずべき行動と、牛尾の拒絶に傷ついたはずだ。信仰をおかした過ちに、後悔しただろう。
「まだ、お前は責めるんだな。構わない。俺の気持ちは変わらない、どんなに否定されても」
そして、また叶わないのだ。永遠の拒絶。
いちど視線を交わしたあと、牛尾はふらりと離れてゆく。部屋はひとつきりだ。蝶のように漂いはじめた彼を、メンバーは目で追い、屑桐を見る。
屑桐は相変わらず淡々としたまま、彼らに話しはじめた。
「しだいに、あいつは言いはじめた。君は僕に十字架を背負わせた。これは、神の言葉だと。よろこんで僕は十字架を背負う、その言葉のままを与えてくれたと」
茨の路に蹴落とした彼を、むしろ喜ぶような言葉。
よろこんで、十字架を背負おう。ただしそれは、教義を外れて理解された言葉。
「あいつは言った。僕はもっと十字架を背負わなきゃならない。父母を侮辱し、姦淫を行い、偽りの証言をし、隣人のものを欲しがり」
それが、あの膨大な電話番号につながってゆくのだ。貪るように、快楽を追え。
シーツの波のなかに、身を沈めろ。
「そしてある日、あいつは俺に訊ねた。もっとも大きな十字架は、何かと思うと」
屑桐は、歪んだ笑みを浮かべた。
「奴は言った。僕と同じ十字架だと」
「罪は、浄化されなければならない」
いつのまにか、牛尾が戻ってくる。彼は後を引きとって続けた。
「屑桐が僕の後を追っているのは知っていた。僕と寝るように、女と寝る。そうして、渇きを癒しているのを知っていた。それは僕には関わりのないことだ。好きにすればいい」
牛尾は、ふっと笑った。
「ある日、僕は訊ねた。僕と寝た女のなかに、僕と同じ十字架を背負うものはいるのだろうか……と。
五人、いたんだ」
! 失踪した少女の数だ!
「俺は、女たちに聞くように言われた。同性を、好きになったことはあるかと」
「まさか、あると答えたら引きずってきたんじゃないだろうな!?」
天国は怒鳴っていた。そんなことで!
「いけないかい?」
「ばッかじゃないのかアンタ?そんなの、誰にだってあることだろうよ!」
感情に性別は関係ない。好ましいと思うこと自体に、罪はないはずだ。
「関係ないよ……罪は、罪だ……」
牛尾は、また笑う。
「残りのオンナは、どこにいる?」
芭唐がすごんだ。探して暗がりに目をやる。
「浄化した」
「──なっ!?」
「罪は清められるべきものだ。世間が騒がしくなったから、聖地巡礼は難しくなった」
「あなた、言葉間違ってる…。そういうのは、拉致現場に遺棄したって言うの…」
檜が小さいけれど厳しい調子で言った。
「同じことだよ。ただ、僕に判るのは、罪は浄化されることだ。浄化、されなければならないことだ」
刹那、牛尾は腕を振り上げた。握りしめていた小斧で一閃する!
「−−あっ」
とめる間は、なかった。
鈍い音に屑桐が倒れる。地下室の床に、黒いものがじわじわと広がってゆく!
「救急車!」
「無駄だ!」
駆け出したもみじに、芭唐が怒鳴る。
「無駄だ、もう……助からない」
「これで、僕の罪も浄化された」
牛尾は、斧を落とした。ポケットを探り、ライターに火をつける。
「何を?」
制止する間もなく、黒衣の裾に炎を移す。くすぶる煙はあっというまに燃え上がった。
火のついたライターを牛尾は壁に投げる。オイルをしみこませた綿が飛び出し、炎を生む。なめるように、木箱や新聞の上を火が走った。
「ようやっと。浄化の炎だ……」
満足そうに笑みを浮かべ、牛尾は炎に包まれて壁に手をかける。壁が動いた。奥にもう一部屋!?
「てめえっ」
追いかけようとした天国の手を、檜がつかんだ。顔が真っ青だ。
「駄目!血のにおい、火薬と──。気持ち悪……」
「──火薬!?」
牛尾が振り向いた。笑う。
「さようなら」
奥の部屋が赤く揺れた。
「まずい!」
青ざめた冥が羊谷を振り返った。
「駄目だ!巻き込まれるぞ」
檜がもみじの手を取り、階段を上がりはじめた。
芭唐が信二を押しやり、天国も冥に腕をひったくられた。
牛尾が、祈る──。
「よろこんで、僕は十字架を──」
声は途切れた。
牛尾の開けたドアから、すさまじい量の炎が吹き出した!空気が対流し、すべてを飲み込むような赤が、壁伝いに広がる。
地下から吹き上げる炎に追われるように、メンバーは地上へ転がり出た。
物置の扉が、牛尾たちを閉じ込めるようにゆっくりと閉まってゆく。
「──」
ぱちぱちと、中で木がはぜていた……。
あとがき
これだけ読むとバットエンドって感じですね☆
興味がある人はコバルト文庫から出ている「東京S黄尾探偵団−少女たちは十字架を背負う」を読んでみよう!
話の全貌が分かるぞ。
一カ所だけ善美ちゃんの名前が出ていたから一応たっつんにしといたんだけど…。“信二”はちょっと笑えた。
流石に羊谷を“遊人”にするのは躊躇われたので、彼だけは名字ですが。
十二支メンバーの中に普通に(?)とけ込んでる芭唐が笑いを誘います。だってS黄尾ってみんな名前呼びなんだよー。
どうせなのでキャラに一言ずつ。
・行衡な猿野君。
なんか割と普通にハマってました。素晴らしきかな、主人公。
・五月な犬飼君。
“メイ”繋がり。似てねー(笑)これは合わなかった。今回は真面目なシーンだったからまだマシですが、もし普段のシーンをこの配役でやるなら無理がありますね(笑)
・兵悟さんな芭唐。
ちょっとツボでした。しかし「走る大魔神」なミヤはどうなのか。
・花音ちゃんな檜ちゃん。
合ってるような合ってないような…。本当は凪さんにしてあげたかったんですけどねぇ。彼女になるし。
・みさおちゃんなもみじちゃん。
あまり合ってないかな。もみじちゃんはギャルじゃないし。
・善美ちゃんな辰羅川。
台詞無いけど一応。…合わねー!(笑)一児の娘を持つたっつんは微妙だろう。
・慈吾朗な羊谷監督。
年齢的に。そして迷惑度的に。今回は合わない訳じゃなかったよね。
・神父な牛尾さん。
金髪、というのは合ってますね。しかし売春した上に殺人犯か…。微妙。こんな牛尾さんは嫌です。
・越島な屑桐さん。
あはははは!(爆笑)まあちょっと行動を変えたからそんなに変でもなかったと。
でも、これじゃ開き直ってる様にしか見えませんね。ご、ごめんよう…。
書いてる本人は楽しかったです。配役に問題がある所がミソですな。