思い返してみると、昔から自分は残酷な子どもであった。
虫の羽をもいでみたり、小動物を傷付けて喜んでいる記憶が多い。
そんな折に一人の少女と会ったのだ。
その少女こそ、美濃を治める斎藤家当主の娘──帰蝶であった。
彼女は私の母方の従妹であり、他の親戚よりは年齢が近かったため、よく共に行動させられていた。
あれは彼女が6つくらいの時であったろうか。
私は元服して初陣を済ませ、人間を切る楽しみを覚えた頃だった。
外に出たいと言う彼女に付き合い、裏山を散策した。
しばらくして、一匹の蝶がまとわりついてきたのだ。
何も考えずに蝶の羽を毟ろうとしたその時。
彼女が慌てた様子で私の元に走り寄り、手を取った。
「駄目よ、光秀兄様!駄目!」
おそらく怪訝そうな表情をしていたであろう私に向かって、彼女はきっぱりと言い放った。
「殺しちゃ、駄目」
何を今更、と思った。既に私の手は虫どころか人間すら斬り殺している。
何故こんな虫を殺してはならないのか。
そんな事を言った気がする。
「でも、駄目なの。殺さないであげて、お願い」
この蝶は帰蝶だから。
最後の方は聞き取りにくかったが、確かにそう呟いた。
小さな白い手は私の腕を掴んで離さない。
仕方なく、私は蝶を手放した。ひらりひらりとまた蝶は空を舞う様に飛んで、何処かへと消えていった。
見るともなしにそれを眺めていると、彼女は安堵した様に息を吐く。
「ありがとう、兄様。良かった…」
どうしてあの時自分が素直に従ったのか今でも分からない。
けれど、この小さな少女だけが──戦も刀も血も知らないこの無垢な白い手だけが、唯一自分を止められる存在なのだと悟った。