“This water is ...?”

「魔女様ーーー!」
一見どう見てもただの少年にしか見えないマグ=ノーマンが部屋に飛び込んできたのは、とある昼下がり。
頭が痛くなるくらいの大声で呼ばれた“紅蓮の魔女”ことアレイア=ラースティが、読みかけの本からゆるりと視線を上げる。
同室にいた銀髪美女のジェシカ=クレイモアーも、寝そべっていたソファーの上で声の主の方を見た。
もうすでにこういう風景が日常になって久しい。
二人とも慌てることなくマグに声を掛けた。
「どうしたの、マグ」
「今日は何があったのさ?」
バタンッと盛大な音を立ててドアを閉めたマグは、勢い込んで話し始める。
「大変でありますよっ!町外れに怪物が出たのでありますがっ、剣が利かないのでありますっ!魔女様、聖水などお持ちではありませんでありますかっ!?」
その台詞に流石に二人も少々真剣な顔つきになった。
「怪物?どんな?」
「なにやらぬめぬめしているのでありますよっ!今レッシェ様が町に入ってこない様に足止めをしてくださっているのでありますっ!」
ジェシカの問いに身振り手振りを交えつつ答える。
口元に手を当てて思案していたアレイアが、荷物に手を伸ばした。
中から液体の入った小瓶を取り出し、マグに手渡す。
「マグ、これを持って行きなさい。聖水よ」
「ありがとうございますでありますっ!では小生、もう一度行ってくるでありますっ!」
今にも部屋を出て行こうとするマグにジェシカが尋ねる。
「アタシも行こうか?」
「大丈夫であります!危険でありますのでジェシーはここに居てくださいでありますよ!」
それだけ言うと、マグは嵐の様に走り去った。

マグが部屋を出てからそんなにしないうちに、レッシェとマグが戻ってきた。
「ただいまでありますよっ」
「おかえり。その様子じゃ、大丈夫だったみたいだね」
「はいでありますっ!」
笑顔でジェシカに答えるマグ。
次にマグはアレイアに向き直って、
「魔女様、聖水を貸していただきありがとうございましたであります」
感謝の言葉を述べた。
「ありがとな、アレイア」
レッシェも礼を言う。
「どういたしまして」
少し微笑を浮かべたいつもの表情で、アレイアは言葉を返した。
とたん、マグの腹が音を立てる。
「大変恥ずかしながら、小生、空腹であります故食堂に行ってくるでありますよ〜」
「お、じゃ、俺も行ってくるぜ。二人はどうする?」
尋かれて、アレイアは肩を竦めた。
「私は結構よ。ジェシカは?」
「んー、アタシも今はいいわ」
二人の答えを聞き、レッシェは頷く。
「そっか、分かった。それじゃ、俺らだけで行ってくる。行こうぜ、マグ」
言われてマグは嬉しそうに
「はいであります」
レッシェの後を追いかけた。

「…あら?」
しばらくして、アレイアがぽつりと呟いた。
「………まぁ、良いわよね」
「どうしたのさ、アレイア」
アレイアはジェシカの方を見、次いで窓の外を見遣る。
「魔物、倒せて良かったわね」
「………?」
唐突なその言葉に、ジェシカは眉を顰めた。
「どういう事?」
「…聞きたい?」
反射的に頷きかけて、次の瞬間、嫌な考えが脳裏に浮かぶ。
「ちょっと、もしかして……」
「大丈夫よ。倒せたんだもの。…で、聞きたいかしら?」
小首を傾げながら問うアレイアの笑顔が、ちょっと怖いな…とジェシカは思った。
「聞きたい様な、聞きたくない様な…」
苦笑しつつ言う。
知りたいは知りたいのだが、聞くと後悔しそうな気がひしひしとする。
アレイアは視線を逸らして、遠い目をした。
「……ず」
「え?」
呟かれた言葉が聞き取れず、思わず聞き返す。
「塩水だったのよ、あれ」
しばしの沈黙。
そして。
「塩水〜〜〜!?」
図らずも大声を出してしまう。
まさか、聖水ではなく塩水で倒されたとは……。
そこまで考えて、ある事が思い浮かんだ。
「……っていうかさ、アレイア」
「何かしら?」
「アンタが行けば、一番早かったんじゃあ……?」
言ってはいけない事かもしれないと思いつつ、それでも言ってしまう。
その禁断の台詞に返された赤髪の魔女の言葉は。
「あら、だって、私が倒しちゃったら面白くないでしょう?」
結局、この事実はその後表に出る事はなかったのであった…。

 

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