友人と私

お兄様、事件です。
脳内でそんなことを考えながら、目の前の光景を静観していた。実は日常とは言わないまでも、目新しい事件とは言えないのだけれど。
舞台は人目につきにくい裏庭の木陰。木漏れ日の中、緊張した面持ちの青年が一人の少女に何やら話しかけている。つまりは告白シーンだ。少女は少し困ったような表情でそれを聞いていた。
私は話の内容が聞こえない程度に離れた場所でそれを眺めている。
告白されているのはマルカ・トワイン。マルカは高等部から入学した友人の一人で、私のルームメイトでもある。艶やかに波打つ鳶色の髪と青玉のように鮮やかな青い瞳のゴージャス美人だ。出るべき所は出て、引っ込むべき所は引っ込むという実に羨ましい体型をしている。身長は私より少し高いくらい。
クリストフォロス学院は全寮制なので、基本的には二人部屋が割り当てられている。そうでないのは王族や公爵家の子女から申し出があった時くらいか。王位継承権を持つような方々は申請すれば一人部屋を使用できるらしい。身の安全のために周囲は信頼できる者しかおかないということだ。一人部屋を使用している人は大体が使用人を連れて来ており、おそらく護衛なども兼ねているのだろう。こちらは私には関係のない話だ。
だが何事にも例外はあるもので。それが我が親愛なる兄だ。兄は中等部入学当初こそ相部屋を使用していた。けれど同室者が次々と部屋の交換を願い出るため、特例として一人部屋を使用する許可が下りた。というか要するに厄介払いされた。
兄に落ち度がないのは分かっている。ストーカー幽霊の恐怖に同室者が耐えられなかったのだ。さもありなん。普通に考えて私室にストーカー幽霊がいるのは嫌だろう。加えて、兄と共にいることで自分も呪われるのではないか、という被害妄想に取り憑かれるらしい。ちなみにそれは事実無根だ。だいたい、兄と一緒にいると呪われるというなら私はどうなる。幼い頃から同じ屋敷で生活してきたのだ。真っ先に呪われているだろう。
私自身は呪われていないが気の弱いお嬢さんの中にはあの兄の妹と同室など我慢できないと言う人もいて、中等部では何度か部屋替えがあった。高等部でもそうなるかと思っていたけれど、マルカは兄を見た後でも部屋替えを申し出ることはなく、うまくやっている……と私は思っている。
そのマルカだが、ここ数日は毎日のように男子生徒に話しかけられていた。原因は月末に控えた歓迎会にある。
クリストフォロス学院の中等部・高等部では入学月の翌月末に生徒会主催の歓迎会という行事が行われる。これは親睦を深めるために上級生と新入生によるダンスを披露するというものだ。新入生は全員踊る必要があるものの、必ずしも上級生と新入生のペアである必要は無い。期日までにダンスのパートナーが決まらなかった新入生は、生徒会の方で決めた上級生とペアを組まされる。逆に言えば期日までに相手を見付ければ新入生同士で踊っても構わないのだ。元は婚約している者のための措置だったらしいが、今となっては明らかに婚約者同士よりもそうでない方が多い。
まあそういうわけで歓迎会の話が出てからというもの、マルカはダンスのパートナーにと誘われ続けているのである。今回のような真面目な告白から軽い誘いまで様々だ。彼女はその全てを断っているので、そろそろ打ち止めになってもよさそうなものだと思う。
ただ、パートナーの決まっていない彼女を誰ならば射落とせるかという勝負になってきていそうなので締め切りの期日まではこのままになりそうな予感もした。○○が断られた彼女を自分のパートナーに、という虚栄心を隠し切れていない輩も多い。
今回もきっちりとお断りをしたマルカがこちらに戻って来た。お疲れ様です。
「待たせてしまってごめんなさいね」
「気にしないで。大変そうね」
「期日まではもう少しだから……」
周囲を気にしてか語尾を濁す。「もう少しだから駆け込みのお誘いが続く」か、「もう少しだから我慢出来る」かどちらだろう。両方かもしれない。
「それに、当日は私よりもケイトの方が大変そうだと思うけど」
「ええ、まあ、そうかもしれないわね」
私は、というと既にパートナーが決まっている。婚約者などというけったいな存在がいるわけではなく、マルカのようなお誘いがあったわけでもない。歓迎会の話があった翌日に、生徒会顧問の教師に呼び出されたのである。

私と兄は普段生徒が使うことはまずないであろう応接室にいた。担任を通じて、ここに来るようにとの言付けがあったのだ。
応接室で待っていたのは生徒会の顧問である若い教師であった。
普段はもう少しはきはきとしているのだが今はどうも覇気が無い。その理由は分からないでもないけれども。
「わざわざ呼び出してすまなかったな」
私と兄が座ったのを見計らって伏し目がちに侘びる。
「今日来てもらったのは歓迎会のダンスについて話があったからなんだ。昨日担任から話があったと思うが、新入生は歓迎会でダンスを披露することになっている」
聞かなくてもこの先は予想できた。実を言うと、呼び出しがあった時点で予測もしていた。
「大変申し訳ないんだが、特に相手が決まっているわけでなければミズ・フェアクロフにはギデオンと踊って欲しい」
蕩々と喋る先生は絶対に視線を上げない。視線を上げればストーカー幽霊が見えてしまうからだ。なんというか、ご愁傷様です。
とにかく、様々な事情を鑑みて、兄妹で踊って欲しいという依頼である。事情については一々あげるまい。
何しろこういう依頼は初めてではなかったりする。中等部でも行事でペアを組む際、そのほとんどで兄と組むことを要請された。要請というか強制というか。少しでも渋るとこちらが引くくらい懇願されるのが常だ。
例えば中等部の歓迎会や卒業イベントのダンス。流石に私の卒業時に兄を高等部から呼び出すことはなかったが、兄の卒業時には同じように兄と踊っている。ついでに言うと兄が新入生の時には(中等部でも高等部でも)当時3年生だった生徒会役員の女性が踊ったそうだ。ありがとうございました。生徒会というのは色々大変なんですね。私は絶対にやろうと思いません。
兄は客観的に見てなかなかの好物件だが、残念ながらストーカー幽霊のせいで相手がいない。多生の不具合(というと何か違うけど)に目をつぶって告白してきた勇気あるお嬢さんもいた。しかし会う度に四六時中背後から圧力をかけられていればどんなに勇気のあるお嬢さんでも保たなかった。1ヶ月以上我慢できた人を見たことがない。告白してきた相手に速攻でフられる兄、可哀想。
それはともかくとして。
「私はそれで問題ありませんわ」
どうせそう言われるだろうと思っていたので相手を探す気も無かった。
私は兄に視線を向ける。兄も苦笑して「妹がそれでいいなら僕も構いません」と告げた。
こうして私はまたしても大勢の前で見世物になる機会を得てしまったのだ。

連れだって図書館に向かう途中で、ふと視線を上げたマルカが首を傾げる。
「あら、あれってギデオン様ではない?」
マルカの示す方向には確かに兄がいた。相変わらず一人で行動しているらしく、周囲に人影はない(ストーカー幽霊を除く)。
声をかける距離でもないので見るともなしに見ていると、視線を感じたのかこちらに顔を向けた。すぐに私に気付き、微笑んで手を上げる。笑顔を作って手を振り返しておいたが、私の笑顔は引きつっている気がした。何故なら、兄の後ろのストーカー幽霊がものすごい形相でこちらを睨んでいるから。睨んでいる対象は十中八九、私ではなく横に居るマルカだ。あのストーカー幽霊は兄へ目を向ける人にすら威嚇するのである。
たまたま私といただけで睨まれるマルカに非常に申し訳なくなり、今度は私が謝った。
「何かごめんなさいね……」
「ええと、ケイトのせいではないから気にしないで」
若干不自然であろうこちらの表情については、距離もあるし兄に気付かれていないと願いたい。
兄が立ち去ったので私達も移動を再開した。図書館までの道のりをのんびりと歩く。
「どうすればいなくなるのかしらねえ」
「さあねえ。真実の愛でも見つかればいなくなるんじゃないかしら」
友人の問い掛けに、適当に答えておいた。明確な方法があるならとうにどうにかしている。
実のない会話を遮るように、後ろから声が掛かった。
「あの、マルカさん。少し時間いいですか」
振り向けば一人の男子生徒。マントの色が赤なので同学年だ。
この学院では男子生徒はマント、女子生徒はストールの色で学年を判別できる。私とマルカは1年生なので女子の制服であるシンプルな詰め襟のワンピースの上に赤いストールを羽織っている。
頬を染めた様子で、彼の用件は聞かずとも知れた。またか。本日二度目の告白タイムが始まりそうだ。
当日までが大変なマルカと当日が大変な私は思わず顔を見合わせ──揃って息を吐いた。
歓迎会でのダンスなんてなくなればいいのに。

 

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